SP-THE DESTINY-
**EPISODE IV-3**
-
大江戸大学は明治時代にその創立を遡る。
多くの企業トップや政治家を排出してきたことでも有名な私学の雄であり、大学野球やサッカーなどでも強豪校として名を馳せる、知らぬ者のない総合大学だ。
現役総理である浅倉秀和はそこの出身であり、母校が新しく建設をすることになった多目的複合施設……音楽ホール、体育館、プール、図書館など……大江戸大学記念館へ自身が多額の寄付をし、また卒業生にも労を惜しまず寄付の呼びかけを行い、実質大江戸大学記念館設立の立役者となったそうだ。
そのため、施設の内クラシック好きの総理にちなんで音楽ホールの名前が浅倉記念ホールと命名される運びになったらしい。
浅倉総理は、今日の落成記念式典のメインゲストだ。
首相の参加は学生、職員を含めた多くの人間にとっての公然の秘密であり、大学の敷地内への立ち入りを制限したくないという首相側の意向もあいまって、非常にやりにくい難易度の高い警護の現場になることが予想された。
実際、現場についてみると状況はほぼ最悪といってよい。
開放的な空間は、どの方向からでも自由に人が入ってくることができ、施設がいくつもあるおかげで何者かが潜む場所にも苦労がない。おまけに式典が行われるアトリウムは吹き抜けの構造になっていて、前後左右だけでなく、明るい光を取り入れるため全面ガラス張りになった天井上、あるいはぐるりと巡らされている回廊からでも浅倉をねらうことができる。
いくら日本の警護体制が狙撃を基本に考えていないからといって、あまりにも無防備すぎるといえた。
浅倉が演説をする場所など、狙撃の訓練の的でもあるかのようにねらい放題だ。
世良たちは到着するとすぐに持ち場の検索と消毒に当たる。
(まずい……ここは、広すぎる)
警護会議では問題にならなかったのだろうかと世良は思う、こんなに広くては、どんなに気を使ってもカバーしきれるわけがない。
いや、堺のことだからいろいろと抵抗したに違いない。金属探知機を設置しろとか、一般客の入場規制くらいは進言したのだろう。そして、おそらく却下されて護りようのない状態でそれでも「守れ」と言われたのだ。
今朝からずっと、胸の奥がちりちりとしている。
夕べ一晩かけて気持ちの整理はつけたつもりだった。一昨日の夜、堺が自分に見せてくれた気遣いも手伝って一応自分の中で区切りはつけた。
ただ、少しだけ気になっている。
夕べ見た羽田の姿だ。あれは偶然だったのだろうか。もしかして、ここに来ていたりはしないのか。
それだけが心に掛かっている。
今日は特にめまいがひどい。
現場の緊張は、世良のめまいがひどくなるに従って高まってくる。
忙しく立ち働く視界に、石神の姿を見かけた。公安がこの場所にいるということは、当然首相のフォローだろう。
ここは、テロリストがいてもおかしくない状況だと言うことらしい。
そして、石神を見つけたことでやっぱり一昨日の言葉は、世良がこんなに警護困難な場所で浅倉の警護につくということに対してのものだったのかとも思う。
雑踏の向こうに堺がいるのを見つけた。誰かと話をしている。その顔には見覚えがあった。
(あ……丹波さん……)
キャリアの丹波が現場に現れるのは珍しい。何事か堺と話をしている。そういえば、堺とは大学も同期だと言っていたのを思い出す。普段はそう仲良くしているのを見たことがないが、世良が四係にくる時に二人そろって訓練学校に会いに来てくれたところを見ると、実は親しい間柄なのかもしれない。
病院テロ事件の夜、ホテルで二人を見かけたことは今も苦い思い出だ。
時間は刻一刻と過ぎて行く。
すっかり準備の整ったアトリウムの会場の座席がほぼ満席となった。今日の会場はステージを中心に円を描くように作られており、前後左右どちらにも席がある。
裏を返せば、どこからでも首相を狙い撃つことができる。そういう構造になっていた。
来賓のほとんどが着席した。
その時だ。
「……マルタイ到着」
耳につけたイヤフォンから、堺の声が聞こえる。一瞬で気持ちを切り替えた。
入り口の方から自然に拍手がわき起こる。支持率は低下の一途をたどっているというが、現職総理を一目見ようと野次馬が騒ぐ声が聞こえた。
総理とその家族は、SPたちに守られながら式典の会場に入場する。
粛々として、式典は開始された。
世良は、客席の後方で入ってくる一般客に目を光らせているようにと配置されている。
「……」
式典が始まって以降、めまいと頭痛はどんどん激しくなっていく。
世良の脇、ほんの二十メートルもないところに、浅倉がいた。
さっきから雨の音が耳の奥で鳴り響いてやまない。今までなかったほど、両親が殺された日の記憶が強烈に何度も繰り返して世良の中を駆け巡る。
(あいつは、笑ってたんだ……)
あの雨の中、世良の両親の死体を見ながら、確かに満足げに笑っていた。
またいっそうめまいがひどくなる。
(笑って……俺の両親は死んだのに、なぜ殺されるはずだったあいつはあそこにいるんだ?)
もしも……世良は考える。
もしも、この場であのテロリストの代わりに自分が浅倉を殺したとしたらどうだろう?
幸い、銃は持っている。赤崎ほどの射撃の腕前があるわけではないが、日頃から訓練も繰り返し行っている。自分はSPだ。きっと、マルタイのすぐそばまで近寄っても誰も止めないだろう。
式典の行われている会場の通路。その真ん中を堂々と歩いていけばいい。
学長や来賓たちのおべっかてんこ盛りの祝辞を、嬉しそうに聞いているあの男の目の前に立つ。多分、その時まで不振には思ってもほかのSPは動きはしない。
慧眼の堺ならあるいはシーバーから必死に「世良、なにをやっているんだ?」と声をかけてくるかもしれない。
(でも、堺さんは知ってるんスよね?)
堺は、堺ならわかってくれるかもしれないと世良は思った。世良の両親が理不尽に命を絶たれた理由を、そうして、今日、SPの誇りよりも首相に銃を向けてしまうその心を。
世良は浅倉の前に立つ。
不振そうな顔は徐々に怒りに変わり、そうして世良が銃をつきつけると驚愕に、それから恐怖へとひきつった。
首相についていたSPがようやく異常事態に世良に殺到してくる。
世良は体術については自信があった。あっという間に二人のSPをしとめると、ゆっくり銃口を向ける。遠くで赤崎が銃をこちらに向けるのがわかった。
(ああ、赤崎はちょっと……やばいかも)
そう思い、椿が猛ダッシュを駆けてくるのを横目で確認する。
(けど、遅いよ)
世良は浅倉と対峙する。
「覚えているか?」
世良の言葉に一瞬不振そうな顔をし、それから総理の顔がはっきりと驚愕に変わる。
それで十分だった。
「世良っ! 撃つな!」
堺の悲鳴のような声を聞きながら世良は引き金を引く。
至近距離だ。世良の縦断は総理の心臓を貫いた。
悲鳴。怒号。
あの雨の日と同じだと、思った。
そうして。
ふと気がつく。総理と一緒に会場に訪れていた、総理の娘の子どもだ。あの時の世良と同じくらいの年齢の。
その子どもがじっと、祖父を銃殺した殺人犯の顔を見ている。
(ああ、俺は同じことしたのか……)
唐突にそう思った。
(俺は、あの日の羽田がしたのと同じことを……)
名前も知らない子どもの中に新しい闇を作ってしまったのか。
「……っ!」
一瞬、意識が飛んでいた。
はっとして頭を二、三度振ると現実が戻ってくる。
(幻覚……か……)
総理は存命で、式典はつつがなく続いていた。司会役が浅倉を呼び、登壇を求める。
浅倉のすぐ傍に行儀よく腰掛けている小さな男の子が、祖父が呼ばれたことを喜んで拍手をしている。
笑顔は闇を知らず、ただ明るい。
世良はじっとその笑顔を見ていた。
浅倉がちらりと孫に目をやる。目を細め、愛しくてならないものを見る目で見つめる。
「……」
世良は、なんだかすっきりとした気持ちで浅倉を見ていた。
今まで心の中にあった闇は、依然としてまだそこにある。
だが、少し心持ちが変わったようなそんな気がした。目でなんとなく場内の堺を探す。
見つけて、ふと心が緩む。
多分、自分はもう大丈夫なのだと思った。
「……?」
世良は、視線を感じて振り返る。
「……っ!」
見覚えのある姿を視界にとらえた。それはいつだったか、世良が拘束したことのある、仕込み杖のテロリストだった。
証拠不十分ですぐに釈放されたと聞いてから、今まで忘れていたが、今日ここに出入りしていることが、偶然とは思えない。
世良は袖口のマイクから、全員に「要注意人物をB二エリアにて発見。注意されたし」と警戒の声を送る。
会場にいたSPたちに一斉に伝わったその情報に、会場内で人々が動き始める。
世良はスキンヘッドのその目立つ姿を追ってそっと場所を移動する。他のSPたちも連動して動き始めているはずだ。
「世良です。マルタイに危害を加えるおそれがある場合、要注意人物を拘束します」
袖口からスキンヘッドのテロリストの現在位置を伝えると共に世良はそう付け加えた。
堺から指示が飛ぶ。
「総員、視野を広く取れ。注意を怠るな」
世良が補足している要注意人物だけが、敵とは限らない。この広い会場に他に危険人物がいないという保証はない。
世良は堺に他を任せて、懐に手を入れかけたスキンヘッドに集中する。
その時だった。