SP-THE DESTINY-

**EPISODE IV-1**




 世良は全く知らないことだったが、その日、ひとりの男が刑期を終えて出所した。
 男は、二十年ほど前にテロ行為を行った現行犯で逮捕されている。
 議員を狙ったそのテロ行為は肝心のターゲットを殺すことはできてはいない。代わりに、通りすがりの市民二人の命が巻き添えとなって失われている。
 犠牲者二人にしてみれば、本当にただそこに居合わせただけで命を落とすことになってしまった。文字通りの犬死にだ。
 その場で即座に拘束されたテロリストの悔恨の情は深く、裁判では無期懲役の判決が言い渡されている。刑務所では模範囚で日々の労務にも熱心でまじめに勤めた。それでも出所までに二十年もの年月がかかったのは、二人の人間の命を殺めたことと、何よりも政治犯だったがゆえだ。
 それでも、出所の日は来た。
 外に出て男はまず空を見上げて深呼吸をする。そうして、ゆっくりと久しぶりの塀の外の世界に足を踏み出した。

 その後を、そっと追いはじめる人間がいた。

 男が命を狙ったのは、現在の日本国首相浅倉秀和だ。
 テロ行為の代償は大きい。
 いくら塀の中では模範囚だったとしても、そう簡単に信じてはもらえない。首相の座に登りつめた男の命を再び狙うのではないかと出所後の動向は当然フォローされて然るべきものだ。
 テロリストの業は深い。
 公安の石神は世良の浅草署時代の先輩にあたる。羽田の出所に際し、上司である達海からマークするようにと命令を受けたのは、彼だった。
 そうして石神は当時の捜査資料を通読して、知りたくもなかった世良と羽田との関わりを知ってしまった。
 世良は、羽田のテロ行為の巻き添えで殺された夫婦の子どもでしかも当時の現場に居合わせ、両親が突然殺されるその瞬間を目撃していたらしい。
 公安を希望したのは自分自身だが、所轄時代には考えられなかった国家と個人の深い闇に直接手を突っ込む職務に時折絶望することがある。
 それは例えば、妙にカンがいいが、基本的には人のいい後輩だと思っていた男の深い深い業に望みもしないのに触れてしまったこんな時だ。
 例えばそれは、世良が必要以上に慕っている堺が極秘理にこの一年あまりの間に何度か羽田に接見をしていることでもある。
 なんだかイヤな感じがしていた。
 世良はともかく、堺については石神は遠巻きで見ていたクチだ。
 その評判は所轄時代にはすでに聞いていた。
 実際、要人警護と公安の現場は重なる機会も少なくない。現場できびきびと指示を飛ばす警護課きっての切れ者は、あまりにもキレすぎていて「なぜ現場にいるのか」という方向に疑問がわいてしまう。
 もちろん仕事ができてなおかつ現場にとどまりたいがために出世コースを棒に振るタイプがいることはわかっている。これは、単なる職業病で、それでどうしても堺との距離をとりつつ観察してしまうクセがついたのだと思っていた。
 堺はまっとうで職務に忠実で、部下からの信頼は厚く上層部からは煙たがられつつも輝かしい実績を前に比較的好きにやらせてもらえている。
 その堺の行動にはじめて、不可解な一点が生まれた。それも、テロリストとの極秘の接見といういわくつきのものだ。
(なんだか、気持ち悪いな)
 それでも、職務はまっとうしなくてはいけない。
 石神は羽田の出所後の就職先である製本工場に入り込み、じっと観察を続けた。
 羽田は毎日同じ時間に起きて同じルートを通って職場に行く。決して仕事の覚えが早いとは言えないが、年下の先輩社員に怒鳴られつつも黙々と仕事をこなしてまっすぐ家に帰り、休日は引きこもったまま一歩も外に出ようとはしない。
 テロを起こした当時のような凶悪な様相はすっかり影を潜め牙はもうぬけ落ちたように見える。
 まるで判を押したような生活だ。テレビを持ってはいない。給料と刑務所内の労役で貯めたささやかな金でパソコンとプリンターを買っている。大きな買い物はその程度だ。
 まじめに更正したように見える。
 それでも石神の中のもやもやは消えなかった。
 どうしても、今は単に「一番いい時」を待っているようにしか思えない。証拠は何一つない。羽田の刑務所での態度を思えば、本当に更生しまっとうな人生を歩もうとしているともとれる。
 だが、どうしても疑念が晴れない。どうしても、晴れない。
 調査は約四週間に及んだ。
 ある日のことだ。
 石神は達海に呼ばれて、羽田の調査報告書を提出した。一ヶ月ごとに調査報告を出すのは石神の義務だ。
 達海は石神の作成した書類に黙って目を通すと、スペシャルランチといってはばからないコンビニのサンドイッチにかぶりつき、ドクターペッパーを呷る。
「……ふぅん。で、石神としてはこの他に何か気になった点はあんのか?」
 達海はのんびりと言った。石神は唇を噛みしめる。
「……ありません」
 こう言えば、達海が次になにを言うかはわかっていた。
「そっかあ。再犯の兆候は見あたらないんだろ? んじゃ、羽田のマークは終了だな」
「でも! あいつは何かあります。絶対に何か……!」
「石神……もっかい公安の鉄則、お前に叩き込まなきゃだめか?」
 相変わらずのんびりとした、だが断固たる口調で達海が制した。
「目に見えるもの、それだけが俺のほしい真実だ。お前のカンなんかいらねー。というわけで明日から別の任務につけ。首に鈴つけなきゃいけないテロリストたちは山ほどいるんだよ」
「……はい」
 達海は言いながらぱらぱらと資料をめくり、ふと手を停めた。
「なあ、石神……お前の所轄時代の後輩で今、堺んとこにいる小さいの……世良っていったか? この前エレベーターで会ったヤツ」
「はい……」
「ふうん……堺んとこはいいコマそろってんね。その内一人くらいこっち引っ張ろうか?」
 だが、達海はそれ以上追求する気はなかったらしい。
 変わり者の上司は、それで話を打ち切って石神の提出した書類を少し考えてから『様子見』の箱に放り込む。
 その数日後、羽田は行方をくらませた。
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