SP-THE DESTINY-
**EPISODE II-4**
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三階フロア。
テロリストは鼻歌を歌いながら廊下を行き来している。
殿山には最後の仕掛けをしてもらうために、物理療法室に戻ってもらっている。これだけのテロを企てる連中だ。一番手強そうな本丸のリーダー格は確実にしとめたい。
赤崎と殿山のリクエストはこの際リーダーに受け持ってもらおうということで意見は一致した。
赤崎プランの内もっとも過激で確実なヤツだ。
(さて、こっちはこっちでやっとくか……)
世良は、アルミ製の容器に窒素の固まりを入れるとそのまま廊下を滑らせる。
お手製のスタングレネード……殺傷能力を持たない手榴弾はリノリウムの床を滑っていった。
中に密閉した窒素は瞬く間に気化して、容器の許容量をすぐに凌駕するはずだ。
そうしてテロリストの足下を滑り、通り過ぎたところで気化した中の窒素は膨張しきり、予定通りプラスチックでできたふたを軽い音と共にとばした。
「……?」
一瞬足下に気を取られた男に世良は物影から跳び出すと一気に殺到して、手にした拳銃を叩き落とす。その手で相手を組み伏せて足で首を絞める。ほんの数十秒で男は意識を失った。
「……さすが。体術はやっぱ世良さんっスね」
「あんがとよ。んじゃ、ボスキャラまであと二階分、いくか」
「っス。今ごろあれっスかね。椿とか堀田さんはふっつーに仕事してんでしょうね」
倒れた男の両腕を締めていたネクタイで拘束すると、赤崎がグチるともなく言う。
「だろうな。堀田さんが経団連会長で椿が与党幹事長だったっけ?……打駄々こねられて残業になればいいのにな」
「……世良さん、小せえ。圧倒的に小せえよ。けどまあ……同意です」
人の不幸を願ったのがよくなかったらしい。
今度も同じテを使おうとしたところ、どうも下のフロアよりは有能な人間が見張りに当たっていたらしく、足下に滑り込んでくる段階で気づかれた。
世良が走り込んでくる段階で身構えられ、格闘になる。体術には自信があったが、相当の手練らしく体格で劣る世良が徐々に不利になっていく。
ついに敵に首を絞められ、万事休すとなった。世良の顔を確認した敵は不審そうな声で言う。
「なんだ? お前?」
いきなり反撃してきた相手に見覚えがないらしい。テロリストは首を傾げた。そこに。
「今、俺が助かる確率、何%だ?」
「……っ!」
いきなり自分の首をへし折ろうとしていた力が緩む。見ると、赤崎が小型消火器を持って満足そうな顔で立っている。どうやらあれで殴り倒してくれたらしい。一発で意識を失わせられるが死には至らない。絶妙な力加減である。
「……サンキュ」
「俺、さっきこいつにシメられたんで。ちょうどよかったっス」
勝ち誇ったように赤崎が言った。
「今の確率がどうこうって、なんだ?」
「ちょっと、こいつにムカつくこと言われたんで。もういいっしょ。あと二人っスね。なんか弱っちい感じのとリーダーの二人っスけど。ま、今回は世良さんにいいとこ譲りますよ」
「サンキュ」
一応後輩は、たまに後輩っぽいことを言う。
世良は赤崎と別れて一階に戻った。
殿山は人質の間に戻って、患者を励ましている。その横顔を見ながら物陰に潜んだ。
そうして一階にいた男が持っていた携帯からメールを送る。
一階ロビーにもう一人のSPらしき男を発見。確認にきてください。
本丸のリーダーたちは下のフロアで仲間が制圧されたことをまだ知らないでいる。確認を求められてやってくるのは間違いなくリーダーだ。
もし万が一『弱っちい方』が来るのなら、大仕掛けは使わないで済むかもしれない。その場合は拘束されていても元気いっぱいだった赤崎に根性を見せてもらうしかないのだが。
(まあ、こういう時はエラい方が確認に来るよねぇ……)
そのつもりで殿山に準備を頼んだ。
リーダーが本丸を去ったのを見届けてから、赤崎が今ごろ『弱っちい方』を秒殺しているはずだ。
本来赤崎が一対一でしくじることはあり得ない。失敗することはまずないだろう。
世良は目の前の大物に集中すればいい。
エレベーターの音がして、ロビーに目当ての男が現れた。弱っちい感じはまるでしないから予定通りのヤツがきたということだろう。
世良はわざと誘うようにして目的の部屋に誘い込む。
そうして、最初に制圧したテロリストと共にカーテンの陰にかくれた。
世良はちらりと目で殿山が用意しておいてくれたものを確認する。
酸素ボンベは、バルブが全開にしてあり中のものが全部出きっている様子だ。部屋にある二つの浴槽の内、ひとつにはありったけのエタノールが溜められており、もうひとつ、世良がいる窓際に近い方には水が張ってあった。
心配していた臭いはほとんどない。これなら大丈夫そうだと確信する。
(撃つんじゃねえぞ?)
こんな仕掛けは使わずに済んだ方がいいに越したことはない。
(って言っても、ムリかな、やっぱ)
先ほど堺に「無茶するな」と言われたばかりなのにやはりその願いには背くことになる。
また心配させてしまうだろうか、と思い、その甘い感じに瞬間酔った。
「……っ!」
物理療法室の扉が開いた。ゆっくりとした足取りで長身の男が入ってくる。
「おまえがもう一人のSPか?」
病院の館内放送で聞いた声だ。予想通り、大将が出てきたらしい。人はみかけによるものだ。
世良は人質を盾にしてカーテンの影から躍り出る。
「あんた、軍人さんだろ? 動きでわかる」
「といっても、引き金を俺は一度も引いたことはないけどな」
リーダー格は自嘲気味に言った。淡々と会話が続く。テロリストの背後でドアが閉まるのを目で確認しながら世良は言った。
「ここから無事に抜け出すことは不可能だ。大人しく投降しろ」
「無事に抜けだそうだなんて思っちゃいない」
「じゃあ、なんでこんなことしてる?」
テロリストを床に投げ出すと、世良は銃口の前に立ちはだかった。リーダー格の男は薄笑いを浮かべてふがいない部下を石ころでも見るみたいな目つきで見た。
「俺にとっては、身代金奪取とかそんなことはどうでもいいんだ。もしも逃げ出せないなら緑川を盾にとって雄々しく死んでみせる。ただ……一度引き金を引いてみたいなとずっと思っていて、その機会ができた。だから実行した。それだけだ」
男は世良に向かって向けた銃の引き金にかけた指に力をこめる。
「やめろ。撃つな。後悔するぞ」
「……言ったろ? こいつを、引きたかったんだよ」
テロリストはにやりと笑って、引き金を引く。
その瞬間、世良は真横にある水を張った水槽に飛び込んだ。
殿山に頼んでこの部屋には今酸素ボンベの酸素が充満している。そうして、反対側の水槽に張ったエタノールは気化して濃い濃度で部屋中に満ちていた。
酸素、気化したエタノール。
そこに、拳銃から散った火花。
それだけあれば、十分だった。
一気に空中に炎が広がり、風圧でテロリストが吹っ飛ばされる。世良は水底に沈んで炎を逃れた。
爆発は一瞬だ。威力も派手な炎の割には大したことがない。
水槽からあがると、世良は着ていたワイシャツを脱ぎ捨てて一階担当だったテロリストにかけてやる。一瞬炎になめられはしたが、床に転がっていた分ダメージはほとんどない。
(あっちはやばいかも……生きててくれよ……)
そうは言っても想定以上に炎の勢いはすごかった気がする。
物理療法室の扉ごと反対の壁にたたきつけられて伸びていたリーダーの様子を見に行くと、やけどはしているものの命に別状はなさそうだ。
世良が脈を計っているのに気づくとふっと諦めたように笑った。
引いてみたかったという引き金を引いた感想を、世良はあえて尋ねたいとも思わなかった。
ロビーに戻った世良は殿山を中心とした職員たちの手を借りて、人質たちを解放した。
病院の外で取り巻くようにしていた警察関係者たちは、中から人が無事に出てくるのを見るや、一気に押し寄せてくる。
世良は病院内に確保してあるテロリストたちの居場所を公安や警察に伝え、事態の状況説明にあたっていた。
「世良!」
呼ばれて声の方を見れば堺だった。現場に来ているだろうな、と思っていたら案の定だ。
つい、安堵の笑みがこぼれる。
「やっぱり無茶したな」
「いえ、それほどでもないっス」
「赤崎は?」
「マルタイの警護に就いてます」
「そうか。今、堀田と椿がこっちに応援に向かってる。交代して今日はもう休め……」
「いえ、緑川さんの警護任務。最後までやらせてください」
「そうか……わかった」
堺は苦笑すると、世良の頭をぽんぽんと叩いた。
「後でな……ああ、そうだ世良。これ、やるよ」
堺が気づいたように言って自分がしていたネクタイをはずして投げてよこした。
「替えがないんだろ?」
「っス」
世良は堺に向かって笑ってみせた。
現場が大体収まったのを見計らって病室前に戻ると赤崎がげんなりとした顔で出迎えてくれた。
もう大分日が西に傾いている。
「どうした?」
「いえ……その……」
病室内ではどうやら、手術を終えた緑川が目を覚ましているらしい。
しばらくするとドアが開いて、殿山が顔を見せた。ぺこりと二人に頭を下げると世良に向かって「あの、緑川さんがお呼びです」と言う。
「世良さん、行ってきてくださいよ。俺はいいっス」
赤崎に言われて病室の中に入った。
目を覚ました緑川はベッドの上から鷹揚に笑いかけてくる。世良はぺこりと頭を下げた。
「俺が寝ている間にずいぶんと大変なことがあったみたいだな。この人から聞いたよ」
緑川は殿山に目くばせして、それから世良に笑いかけた。
「……いえ、それほどでもないっス。あの……すみませんした」
事態を収拾できたとはいえ、テロリストたちに緑川の命を握られたことは事実だ。だが緑川は苦笑すると殿山に頼んで上半身を起こす。
「いや、お礼を言わなくてはいけないのは俺の方だ。君たちSPは、俺の大事な人を救ってくれた」
「え……?」
言われたことの意味がわからず、首を傾げると緑川は傍らにいた殿山の手をそっと握りしめる。
「君もずいぶんと無茶をしたな。目が覚めた時、プロポーズの相手がいなくなっていたら俺はどうしたらよかったんだ?」
「……俺は、SPさんたちを少しだけお手伝いさせていただいただけですから」
頬を染めて、ほんの半歩殿山が緑川に寄り添った。
「え……」
緑川は世良に向き直ると笑いかけた。
「世良、紹介するよ。俺の伴侶だ。やっと、受け入れてもらえた」
殿山がぺこりと頭を下げる。その左指にはプラチナの指輪が光っていた。
それでようやく世良は、元総理が国家の長の席を諦めてまで手に入れたいと思った人が誰かを知ったのだった。
約束の時間を少しすぎてしまったのは、公安の石神にねちねちと今回の一件について追求されていたからだ。
緑川元総理の検査入院の件は極秘事項で、寝耳に水のテロリスト襲撃は警護課から機密情報が漏れたのではないかと公安が目をつけているらしい。
とはいえ本命はどうも別にいるのではないか、と石神の様子からなんとなく世良は察したのだが。
ともかく堺との約束の時間に遅れてはならないと、世良は走っていつものホテルに向かう。
ここのところ、堺と会う頻度が増している。
(一緒に……暮らす、とか……)
夕方の西日の中で、殿山の手を握っていた緑川の姿を思い出す。
(そういうのって……ダメ、かな……)
あの立場の人間が、貫ける気持ちがあるのなら自分たちにもできないことはないのかもしれない、と世良は思った。
ホテルのロビーにたどり着く。
そういえば、まだ部屋番号の連絡を確認していなかった。テロリストの手から戻ってきた携帯のロックをはずすと、新着のメールが何件か入っている。
「……あ」
世良は液晶に浮かんだ文字を見て、ため息をつく。
「……」
ゆっくりとうなだれた。そうして、一気に昼間の疲労が襲ってきたのを実感しながらずるずると引きずるようにして歩いた。
急用ができた。今日はキャンセルだ。
堺からのメールは膨らみきっていた世良の希望を一気に萎ませる。
そのまままっすぐ帰る気になれず、ホテルのラウンジの一席に腰を下ろす。
「……えっと、コーヒー。冷たいの」
ウエイターにそう告げると、ソファに身体を沈める。
もう一度携帯を取り出して堺から二時間ほど前に届いていたらしいメールを眺めた。何度見ても、キャンセルの内容は変わらない。
世良にはついさっきまで、堺には二時間前に終わった約束のために走ってきた。浮き立つ気持ちが途端に萎んでいく。
泥のような疲れが一気にきて、世良はラウンジのソファにずるずると沈んだ。
「あーあ……」
緑川と殿山にすっかりあてられたままでいる。高揚した勢いのままで堺に「愛してます」と言おうとしていた自分が惨めだ。
目の前にアイスコーヒーが置かれた。浮かんでいた氷を眺めてぼんやりとしている。
(ああ、溶けるなあ……氷)
さっさと飲んで、早く帰って、風呂でも浴びて寝てしまおう。明日も配置があるのだ。そう思うのになかなか立ち上がれない。
「……?」
突然、くらりとめまいがした。
(なんだ……?)
警護の現場にいるときに頻繁に訪れる、あのめまいだ。眉間に手を当ててやりすごそうとするが、世良の気持ちなど構わずに世界がぶれるようにして回る。
「……っ」
堺の姿がロビーを歩いている。迷いなくエレベーターホールに向かい、そのまま上のフロアへとあがっていく。いつも二人が使うフロアより上。ジュニアスイートのある階だ。
まっすぐ歩いて、とある部屋の前で立ち止まり呼び鈴を押す。
すぐに応えがあって、部屋のドアが開いた。
(丹波、さん……? どうして……)
ごく親しげに丹波が堺に笑いかける。そうして、肩に手を回すと、部屋の中に招き入れた。
「……っ!」
はっとして覚醒する。
慌てて背後を振り返ると、遠くに堺の姿があった。エレベーターホールに向かっていくところだ。
「堺さん……どうして……」
世良との今夜の約束をキャンセルした男が、どういうわけかこのホテルに現れた。
ラウンジにまさか世良がいるとは思っていないのだろう、一顧だにせずにエレベーターの向こうに消えた。
そうして。
呆然としている世良の目は、ほんの少し後からやってきて同じようにエレベーターに消えていく丹波理事官の姿を捉えていた。
(どういうこと、っスか?)
闇が、また世良の中に広がっていく。