SP-THE DESTINY-
**EPISODE II-3**
-
ロビーを見張っている二人の内、一人の携帯に何か連絡が入ったらしい。もう一人の男に合図をすると、すうっとロビーから出ていく。
階段の方に向かうのを見て、世良は素早く階段側に身体の位置をずらす。
テロリストが階段をあがっていく。耳を澄ませて足音を追えば、足音は二階のところで途切れた。どうやら、二階の警備に戻ったようだ。
(ということは、各階一人の、本丸に二人……)
この建物は五階建てだ。人質を集めたロビーに常時複数の人数を割けないということは、おそらく最大で六名のテロリストがここを占拠しているという計算になる。
世良は殿山の背後に回ってささやいた。
「動きます。ここのフロアのヤツを倒してまずもう一人のSPを助けて戦力整えます。協力してください」
殿山は、声を出さずにうなずいた。
「すみません! トイレ! トイレ行きたいっス!」
世良はホールドアップしたままで大声で訴えながら立ち上がる。テロリストは「ちっ」と舌打ちした。
「我慢しろ」
「も、漏れちゃいそうっス!」
股間を押さえながらできるだけ情けない声で言うと、殿山が隣で両手をあげたまま立ち上がった。
「お、俺も……! 漏れますっ!」
耳まで真っ赤だ。本来は奥ゆかしいタイプなのだろうと世良は思う。
テロリストたちに赤崎とともに最後まで上の階に残されていたところを見ると、最初の段階からずっと病院内の情報収集に利用されていたに違いない。極度の緊張状態にあった殿山の顔を、テロリストは認知したらしい。
「仕方ないな。両手をあげたままこっちに来い」
先ほどから何人かの人質が同様にしてトイレに立たせてもらっているのを世良は見ていた。
バリケードの向こう、トイレのあるあたりのその先に赤崎が監禁されている物理療法室もあるらしい。
好都合だった。
男に後ろをとられた状態で、一列に並んでトイレに向かう。ロビーを離れ、人質となっている人たちの視線が完全に届かないところまできた。
トイレの入り口で、世良は臆病で従順な医者の仮面をかなぐり捨てる。
「……っ!」
相手の懐に飛び込み、銃をたたき落とすと腕をねじあげようと試みる。
すぐに反応した男は、世良の腹を蹴りあげた。身体を退いてダメージを軽減すると、世良はそのままテロリストの膝裏を蹴りこむ。がくりと力が抜けたところから、投げ技を決めようとしたもののさすがに反応され、恐ろしいことに敵は世良を支点にして壁を駆けた。
床と完全に平行状態で位置を移動させた男はそこからの反撃を試みようとしたが、着地のタイミングの隙を世良は逃さなかった。
こう見えて、体術には自信がある。元々SP訓練学校に推薦されたのも警察の体術の大会で優勝したのがきっかけだ。
「……っ!」
テロリストの着地のタイミングで一瞬組み合う手がはずれると、世良は腰に隠し持っていた特殊警棒を手に取る。体勢のまだ整わないテロリストの腹を、それから首裏を強打し、ようやく相手を沈めた。
「……」
殿山は呆然とそれを見ている。
倒した相手が生きていることをてきぱきと確認すると、世良は昏倒している身体を引きずってとりあえずどこかに隠すことにした。
ふと目をあげると、殿山がまだ立ち尽くしている。
「あの……すんませんけど、こいつ運ぶの手伝ってもらえます?」
「あ、はい……えと、この人、どこかに監禁するんですよね?」
「はい。どっか適当な……」
「なら、もう一人のSPさんが閉じこめられてる物理療法室に。あそこならロビーからも離れていますから」
我に返った殿山は、見込んだ通りしっかりした人のようだった。
世良は目を上げてうなずいた。
「もう一人のSP助けたら、ここにいるテロリストたちを全員制圧します。手伝ってもらえますか?」
「もちろんです。俺、あいつらを許せません」
殿山は少し青ざめた顔で笑った。
物理療法室まで二人でテロリストを引っ張っていくと、手すりに手錠で拘束された赤崎が驚いた顔で出迎えてくれた。
「世良さん、何やってんスか?」
「何って……任務遂行中」
「手錠の鍵、あいつら舐めくさってそこのイスのところに置きっぱなしにしてるんです。とってください。制圧してやる」
期待通り怒りに燃えているらしい。さぞやいやらしい制圧手段を考えてくれそうだと、ひとつ年齢下のエリート街道邁進中の後輩に世良は満足した。
「椿が抜擢されるまでの最年少SP抜擢記録者舐めんな」
「堺さんも赤崎と同じ年齢でSPになってんだから、記録タイだろ?」
「世良さん、あんま細かいこと言うとオンナにモテないっスよ?」
赤崎は手錠をはずしてもらうと、意気揚々とストレッチを繰り返す。
「テロリストはたぶん、こいつ入れて最大で六名。本丸は二名だそうだから、各フロアに一人ずつ、あと三人配置されてると予想してる。まあ、俺と赤崎がいりゃ制圧楽勝だろ」
「同意っス。ここ、いいっスよねえ……楽しい武器がいっぱいある」
赤崎の目がらんらんとしている。さぞや屈辱的なメにあったらしい。
殿山がおずおずと手を挙げた。
「あの……テロリストから奪った携帯で警察に連絡して踏み込んでもらえばいいんじゃないかと思うんですが……」
世良は首を横に振る。
「ダメっス。警察が踏み込んできたら上の連中が気づきます。手術中の緑川元総理を盾にとりかねません」
殿山の顔がひきつった。
「じゃあ、その人が持ってた拳銃で……」
「それもダメっス。銃声で気づかれたら同じことなんで……それに、ロビーの人質のみんながパニくると思うし」と世良は見かけによらず案外過激な意見を口にする殿山に苦笑してみせた。
「じゃあ、せめてロビーの人たちを先に解放するとか……」
「それもダメっスね。今の状態で安全に解放されると知ったらパニックになるし。収集がつかなくなったら、テロリストたちを構ってる場合じゃなくなる」
「あの……緑川さんを、無事に救い出せますか?」
殿山は真顔で尋ねた。
世良は「殿山さんに協力してもらえたら」とうなずいた。
「俺、なんでもやります」
少し震えながら拳を握りしめる。その横で赤崎が手錠の跡をさすっている。
「世良さん、俺今最高潮のやる気で満ちてますから任せてくださいよ」
赤崎は言いながら身体をほぐすようにストレッチした。大したけがもないようで何よりだ。
「ここに監禁されてた間、ヒマだったんでいくつかあいつら制圧する方法考えてあります。できるだけえげつないヤツ実行していいっスか?」
「できるだけ確実なヤツで頼むわ。殿山さん、協力頼むっス」
「はい……俺も、あいつら許せないんで。えげつないのに一票」
「あー……頼みますから落ち着いてください。なんか、殿山さんがそういうこと言うのって、ショックっス」
まだ少し緊張が解けていない様子だが、もとより聡明な印象の人だ。きっと大丈夫だろう、と世良は安心した。
「あ……一応堺さんに連絡いれとく。外、大騒ぎだろ、今頃」
テロリストの持っていた携帯を借りると、そらで覚えている堺の携帯番号をプッシュする。
数回コール音が鳴って、堺が出た。
「堺さん? 世良っス。今、病院内にいます」
「世良か? 無事なんだな? 赤崎は?」
さすがに冷静な堺が焦ったような声で尋ねてくる。世良の頬に、知らず微笑が浮かぶ。
「二人ともぴんぴんしてます。状況は……ちょっと詳しくは言えないっス。これからやることいっぱいあるんで」
「こっちで支援できることはあるか?」
「そうっスねぇ……とりあえず、SATとか突入させたりしないように止めておいてもらえますか?」
「それは大丈夫だろ。俺が何かしなくても連中は石のように動かねえよ。動いて欲しい時だって動かないんだ。もしも動きそうなら、丹波理事官にかけあってみる」
「……安心しました。じゃ、そろそろ切ります」
「……世良……気をつけろよ? あまり無茶するな……ってもう無理か」
堺のらしくもないおずおずとした気遣わしげな声にくすぐられて、世良は思わず笑みが濃くなる。こんなに堺に心配されるとは、思わぬ効用だ。今まで共に現場にいて危険をくぐってきた。今回は離ればなれだ。同じ場所にいればいくらでも的確な指示を適時に打てるが、そうもいかない状況でいらだっているに違いない。
堺は意外に短気だ。
だから世良はなるべくのんびりとした声で応える。
「そうっスね。無茶しない系っていうのは、無理っスね。終わったらまた連絡いれます。あ、緑川元総理は今のところ無事です。一応……」
「わかった」
「俺、今晩約束あるんで。こんなとこで足止め食うわけにいかないんス」
「そうか」
堺に声に「っス」と返して通話を切った。
電話を切ると赤崎が「なんスか、世良さん。今日デートだったんスか?」と不機嫌そうに言ってくる。
「ひ・み・ちゅ」
今朝の石神を思いだして真似てみると、赤崎は心底イヤそうな顔をした。
「世良さんぶっとばす前に、ちゃっちゃとテロリストたちぶっとばしましょう。二階から上に向かって順に静かにシメてきますよ」
いつの間にか作戦参謀をかって出たエリートはちょいちょいと世良と殿山を呼んだ。復讐に燃える根性悪は、楽しそうにテロリストたちをぶっ飛ばす方法を伝えていく。
さすがに堺に日頃鍛えられているだけあるな、と世良は思う。
考えることが、だいたい世良と同じだ。
拳銃は使えない。派手な音をたてて、別のフロアにいるテロリストたちに気づかれてはいけない。
おそらく相手は軍人、もしくは元軍人とにらんでいる。
だが、個別の戦況としてみれば有利なのはこちらだと世良は思う。
赤崎は除細動器と生理食塩水の提供を殿山に求めた。まず食塩水を二階と三階の踊り場から流す。十分に流した上で、二階のテロリストに聞こえるわずかばかりの音を立てた。
三人で息を殺して踊り場の階段の手すりの影で潜んで待つ。
すぐに気配があった。
床に水らしきものが流されていることにはすぐ気づいたらしい。病院占拠前にそんなものがなかったことはすぐに思い出してくれたらしい。とはいえ、怪しいとは感じてもそれほど致命的な変化には思えないのだろう。水の跡を追って警戒しながら殺気があがってくるのがわかった。
(もう少しだ。もう少しあがってこい)
最初の折れ曲がりの部分で拳銃を構える音がする。だが、人の気配がないと知るとそのまま階段をあがってくる。
世良は除細動器を構えたままじっと息を潜めていた。
(そろそろだろ? その水、なんなのか気になってんだろ?)
テロリストはなんの反応もない階段をそっとあがってくる。階段の上には水たまりができている。わざと作った水たまりだ。
やがて、すぐそばで足音が止まる。
(きた……触れ。その水に、早く)
どうやら反撃がないと断定したらしい。今度は大量にこぼされている無色無臭の液体に本格的な興味が移ったようだ。
無骨な手がそっと水たまりに向かって延びてくる。
世良はじっとタイミングを計った。殿山がすぐ側で世良が手にしてる除細動器の威力をマックスに上げる。
テロリストの指先が食塩水にふれる。
その瞬間。
世良は、心臓に瞬時に電気ショックを流すパッドを水たまりから続いている水に触れさせる。
左右二つのパッドからは一瞬の内に数千ボルトの電流が流れた。電流は瞬く間の内に食塩水を走りテロリストの指先から身体中に、一気に電流が流れる。
「……!」
男の身体がびりびりと細かく震え、そのまま階段の下まで転がり落ちていった。
世良たちは飛び出して、声をあげることもできずに昏倒した男の脈を調べる。感電死には至っていないことを確認すると、身体を引きずって、階段から一番遠い病室の中に監禁した。
「あ……殿山さん、ここのフロア、皮膚科ありましたよね? 液体窒素、用意してください。赤崎、さっき言ってた囮に使えっぞ。お手製のスタングレネード作る」
世良が殿山に指示するのを赤崎は「よく病院の構成覚えてるっスね」と目を丸くする。
「まあな……暗記は得意なんだよ。明日には忘れてっけど」
「やっぱり、微妙な特技っスね。でもまあ、試験の一夜漬けには役だったでしょ?」
「……覚えるのはできるけど、応用がなあ……」
赤崎は「あー、やっぱ世良さんは世良さんだあ」とひどく納得顔になった。
本当にかわいくない後輩だ。