SP-THE DESTINY-
**EPISODE I-2**
-
スキンヘッドでガタイがいい。明らかに周囲から浮いている。どことなくふらふらとしていて、アーミーコートを着て、杖をついて歩いている様子は異様にすら見える。他の客たちもなんとなく男の周りを避けて歩いているようだった。
(足……悪いわけじゃないな、あいつ)
両足の運びにはよどみがなく、杖に体重を預けている様子がまるで見受けられない。
(仕込み杖?)
スキンヘッドが手にした杖には、何かとんでもないものが仕込まれているのではないかと確信する。
「世良です。動きます」
短くシーバーから堺に合図を送ると、世良はすっと音もなく男に近づいて行った。
「……すみません。ちょっとお話を伺わせていただきたいのですが」
人に対して敬語を使う時はまだなんだか舌を噛みそうになる。
男は世良の申し出に無愛想に頷いた。
ギャラリーの雑踏からバックヤードに誘導する。
抵抗する様子もなく、スキンヘッドは黙って世良の後をついてきた。
バックヤードはがらんとした空洞だった。普段であればもう少し在庫の家具が置かれているのだろうが、今日はギャラリーだけでなく奥のパーティーホールの方にも家具を運び出しているせいで、やけに寒々とした空間になっていた。
予め、建物の見取り図で目をつけていた場所だ。ここならば一般客たちの目に触れずに尋問をすることができる。
室内はしんとしていた。
今日の晴れの日のスポットライトを浴びそびれたいくつかの椅子や机が寂しげに佇んでいる。
先にスキンヘッドに行かせて、世良は後ろ手にドアを閉める。
「すみませ……!」
声をかけようとした途端、男は杖を捨てて振り返り、いきなり切りつけてきた。
はっとして避け、男の手首を掴んでねじりあげる。からん、と音がしてアーミーナイフが床に落ちた。
そのまま体落としで床に相手の身体ごと叩きつける。完全にホールドしにかかろうとする世良の耳元で空を切る音がした。
反射的に避けると暗い室内に白刃が光る。
スキンヘッドに突き飛ばされた。受け身をとってすぐに体勢を直すと、男が右手にナイフを握ったままにたりと笑っている。
(こいつ……まだ刃物を仕込んで……っ!)
スーツの襟もとを刃がかすって布を切り裂いて行く。世良の代わりに犠牲になったスーツはこの前新調したばかりだった。
「……ざっけんな!」
手刀で再び奇妙な形をしたアーミーナイフを叩き落とす。と、相手はすぐさまコートの内側から新たに二本のナイフを取り出し、今度は両手に構えてくる。
(キリがねえよ。いくつ持ってんだよこいつ)
うんざりしながら、腰に帯びていた特殊警棒を掴んだ。
手元でロックを外して一振りすると金属製の棒が伸びて至近距離での格闘に適した武器となる、SPの必須アイテムである。
スキンヘッドのテロリストが笑いながら世良に襲いかかってきた。
ナイフが金属に当たる音が続けざまに聞こえる。相当な手練らしく、日頃から格闘の訓練を欠かすことのない世良も防戦するのが精いっぱいだ。
本来、両刀使いは利き腕と同じ位に片腕を使えなければ威力は半減以下となる。単純に相手を傷つける刃が多ければいいというものではない。二つの刃を上手く組み合わせて相乗効果を生むような動きを身につけるのには相当の鍛錬が必要なはずだった。
外でわっと歓声があがった。どうやら都知事が到着したようだ。
その一瞬、スキンヘッドの気がわずか、そちらに向いた。
「……っ!」
世良はその隙を逃さず、回し蹴りを入れる。がくりと膝をついたテロリストに襲いかかると、横殴りにナイフの刃が襲ってきた。
警棒で叩き落とすと、したたかに相手の腹部を強打する。だが、普通ならそのまま床に蹲るはずの男は振り返るといきなり走り出した。そうして床に落ちていた杖を拾い、一気に杖に見えていた部分をなぎ捨てる。
(あーもう、マジで仕込み杖なのかよっ!)
予想通り、すらりと長い白刃が現れた。
世良は思わず苦笑してしまう。
「すげー凝ってっけど。それ、銃刀法違反だから。なんでそんなもん持って家具見に来る必要あんだよ」
「……」
スキンヘッドはにやりと笑うとそのまま突撃してくる。
剣道の突きの構えで世良に凶刃が襲いかかった。
「っ!」
世良は突き出された刀をとっさに腋で挟み込む。この前、朝の出勤前に見た戦隊もののヒーローが同じことをやっていた。
「残念でした。ヒーローは負けないんだよっと」
至近距離に捕らえたテロリストの腹に思い切り拳を入れると、今度こそ背負い投げで床にたたきつけそのまま首をロックして、ようやくホールドに成功する。
「世良……っ!」
ちょうどのタイミングで堺がバックヤードにやってくる。先ほどの連絡を受けて探しにきてくれたらしい。世良は苦笑した。
「ほら、俺、ちゃんと堺さんのことフォローしたっスよ? で、すんませんが堺さん……手錠貸してもらえないっスか? 忘れてきちゃいました」
堺はあきれた顔で自分が携帯していた手錠を世良に渡してやる。
「……ホテル一回分、ルームサービスコミでお前のおごりだ」
「っス!」
世良は笑顔全開で堺にうなずく。
翌朝、八時。
「警護対象者……マルタイは都知事のルイジ吉田だ」
堺がきびきびと警護計画書を渡しながら、今日から展開する警護任務の説明を続けている。堺係長のデスクの前に並ぶのは四名。
いずれも堺の『お気に入り』だが『めんどくさい』やつらと後藤課長が苦笑する連中だ。
その中の一人、椿が隣の赤崎にこっそり囁いた。
「都知事って、去年当選したばっかの人っスよね? イケメンすぎる都知事……」
「どこがイケメンだ。たんにへらへらしてるだけじゃねえか」
渡された資料写真の中で、得票数の内女性票が九割と言われる伊達男が宛然と微笑んでいる。
日本一有名な知事・ルイジ吉田は日本国籍を持っているが、日本人とイタリア人とのハーフで元プロサッカー選手という肩書きを持つ異端中の異端者だ。実際、議会からの反発も多いらしい。
それでも主に女性からの圧倒的な支持率を武器に、のらりくらりと都政を仕切っているなかなかのやり手だとの評判だ。特に外交に強く、時に総理よりも優先して海外の要人たちが握手を求めにくるらしい。
都政の次には国政の場に打って出るのではないかというのが最近の専らのうわさだ。
堺はふと思い出したように班員たちに告げた。
「ああ……知事からのたっての要望で、マルタイのことは知事ではなく、王子かジーノのどちらかで呼べ、とのことだ。そう呼ばないなら警護に協力しないと」
「はぁ? なんなんスか? それ」
堺の説明に赤崎が間髪を入れずにキレた。堀田は、思い当たるところがあるのか、鷹揚にうなずいてみせる。
「ああ……有名な話ですよね。選挙の時の政見放送も、就任時に都庁の職員の前での第一声も、自分のことは王子かジーノと呼べって言ったって」
「どうしよう……嫌われたら、警護しにくくなるし。王子、ジーノ……王子でいいかな。そっちのが呼びやすそうだし」
「椿、さっさと飲まれてんじゃねえよ」
堺は苦笑して「それと事前の顔見せもしろとさ。知事の……ジーノのお眼鏡に叶わない場合はチェンジだそうだ」と付け加えた。
「それは、顔でSPを選ぶってことですか?」と、堀田が困惑気味に問いただす。
「まあ……命を預ける信頼に足る人間かどうかは、顔を見ればわかるから。ということらしいが」
「なんなんスか? それ! 俺たちのことばかにしてんスか?」
「……顔、どうしよう。チェンジとか言われたら」
「変わり者だというのは……普段の報道を観ていたらなんとなく想像はつきますが、相当ですね」
赤崎と椿、そしてベテランの堀田が同時に言う。黙ったままでいる世良に、堺が声をかけた。
「どうした、世良? お前は何か意見はないのか? 言いたいことがあるなら今の内に言っておけよ」
世良は苦笑いする。
「……いやぁ。それを許されてんだから、やっぱすげぇ人なのかなあと思って」
「歴代の都知事の中でも圧倒的な支持率らしいからな」
「俺、王子が選手時代の時に試合観に行ったことあるんで、なんとなく想像がつくっていうか……本人希望でサポーターからも王子とかジーノって呼ばれてたから。こう、背中に背負ってたネームもジーノだったし」
「世良さん、もう相手の要求飲んでんじゃないスか。だらしない」
「けどさー赤崎。王子ってなんていうか……ファンタジスタだったんだぞ? ファンタジスタには逆らうだけばかなんだよ。でも……昨日も思ったんスけど、すごい警戒っスね。総理大臣並みだ。脅迫とかあったんスか?」
世良の一言で、班員の間に一斉に緊張が走る。
確かに堺たちのチームが応援警護に入る格好のそれは、SPが九人体制とものものしい。
「わかんねえよ。いつものように上からは何も落ちてこない。まあ、赤崎を会う前からキレさせるくらいだ。支持率の分だけ狙われやすいんだろ。俺たちはただ、ジーノの身の安全を守るだけだ」
警視庁の上層部からも『キレ者』として認識されている堺が手塩にかけて育てたチームだという意識はチームの誰の胸にもある。
「全員、速やかに出動の準備をしろ」
堺の声に全員が「はい」と短く返答した。
「やあ。君たちが今回のボクのお供かい?」
一千万人都市の自治を預かる男は、目の前で見ると想像以上の優男だった。見るからに高級だとわかるスーツはぴたりと身体に合わせてしつられられており、吊しのスーツを三着いくらで揃えるのが規定値の世良にしてみれば眩しいくらいだ。
ジーノは居並んだ五人のSPたちに微笑みかける。
「うん。こっちのチームはいいね。悪くない。いい顔をしているね。さっきの人たちはなんか暗くて鬱陶しい感じだった」
「そりゃどーも」と、赤崎がうんざりした様子で小さくつぶやく。堀田がそっと小突いているのが世良の目に入った。椿はいつものことながら、定規でも背中に入っているみたいに緊張しきっている。マルタイと引きあわされた初手はいつもこれだ。堺と堀田はさすがに目の前にあるのは野菜、くらいな顔をしている。
ジーノがまず堀田の前に立った。
「君、なかなかワイルドでいいね。鉄壁の要塞って感じがするよ。そっちの彼はクールだな……ああ、君がリーダーね。うん、そういう顔をしている。名前は? じゃあ、サックって呼ぼうか」
(堺さんを捕まえて、サック……)
世良は自分のことでもないのに背中に冷たい汗がだらだら流れるのを感じた。
(すげぇ。王子、パネェ。堺さんってアメリカ大統領が次回来日の際にも「ぜひ、彼を私のSPに」って指名された人だぞ? 王子、パネエ)
堺は全く動じた様子はない。その横顔を見ていた世良はふいにジーノの視線を感じてはっとする。
色男の知事は微笑を湛えたまま、今度は赤崎たちの前に立った。
「こっちは若いね。うん、そうだな……君と、君。今日からボクの犬だから。名前は?」
犬と指名された赤崎と椿は、それでもなんとかいろいろ飲み込んで名前を名乗る。ジーノはにっこり微笑んだ。
「じゃあ、そっちの目つきの悪い彼、ザッキーは猟犬役。でもってバッキーはボクの番犬。いいね。ちゃんと役割を守るんだよ? 飼い主のいいつけを守らない悪いコはいらないから」
「猟犬……ですか……」
赤崎の殺気が一瞬燃え上がる。世良は「やれやれ」とテロリストのそれよりもタチの悪いシンクロに眉間を押さえた。目の前でジーノを特殊警棒でタコなぐりにしている赤崎の幻影が浮かぶ。
「……っ」
なんとか幻をやりすごして顔をあげるとジーノがじっと世良を見ている。少しひるみながら「世良です」と尋ねられてもいないのに自ら名乗るとジーノが笑った。
「セリー、君もなかなかいい犬の顔をしてるけどね。もう飼い主がいそうだ。ボクはボクのことだけを主人として見てくれる犬以外はいらないんだ。残念だったね」
(なにが残念なのか、わからないです。王子)
世良はひきつった顔でなんとか笑ってみせた。
ともあれ、堺のチームは都知事に気に入られたことは確からしい。
前夜、青山のギャラリーで世良が逮捕した男は、どうやら銃刀法違反の罪で略式起訴されて終わりそうだと、今朝、出動前に堺から小耳に挟んでいる。
仕込み杖持参で青山のギャラリーに来る理由で、テロ行為以外のどんな理由も世良には思いつかないが、開き直った相手は『ただナイフをたくさん持って』ギャラリーを見に来ただけの自分に世良がいきなりひどいことをしたと逆ギレしているらしい。
SPチームの検分を終えたジーノがにっこりと、都民を魅了した笑顔を見せた。
(しばらく大変そうだなあ)と世良はこっそり考える。
だが、予想外にジーノはお気に入りに対しては心を開いてくれるタイプらしかった。
堺たちの指示には特に文句を言わずに従ってくれるから、本人は大層面倒くさい人間だが警護は予想外にやりやすい。
「ボクねえ、いろいろと誤解されやすいからさ。女の子になら労を惜しまず自分を理解してもらうように努めるけど、男相手だとどうもやる気なくなるんだよねえ」
ジーノが朗らかにそう言いながら、視察に訪れた美術館で一般客から浴びる声援に応えている。ほとんどのVIPはSPをただの動く壁としか認識しないが、ジーノはどうやら饒舌にいろいろしゃべりかけてくるタイプらしい。自分たちを人間とみなしてくれるVIPは希少だが、こうまで気さくだと鬱陶しい。
世良たちの内心などお構いなしに、ジーノはぺらぺらとよくしゃべりかけてくる。
「だってさぁ、男相手に話している時間の分だけ、かわいい女の子とコミュニケーションをとる時間が僕の人生から奪われていくんだよ? そう思わないかい?」
だから狙われるんじゃないのか? と心の底で思い、世良は努めて無表情でジーノを誘導する。
「何か、まずい気配を感じたらすぐに言え」と堺に言われている。だが、これといって不穏な気配はない。ここは安心して大丈夫そうだと、息を吐く。
「世良さんはいつも気楽そうでうらやましいですよ」と、赤崎が真顔で言って世良とジーノを追い抜かしていく。
今回お気に入り登録されてしまったらしい赤崎と椿は、常にジーノの一番近くに控えておくようにと、ご指名がきている。
知事は忙しい。
美術館視察に新横綱との懇談、それから今度ワールドカップ誘致を目指して新設される屋外競技場候補地のPRと、分刻みに動いている。
この日、最後の公務は記者クラブを前にした都のエコプロジェクト発表だった。
「……とりあえず、一息ついたっスね」
椿がほっとしたように言う。チームの中では最年少だが、世良よりも二ヶ月ほど早く着任している。訓練学校のカリキュラムを終えて、所轄勤務に戻ったところ、たまたま某大臣の火急の危機を救った功績を認められて上からの推薦を受けたらしい。
いつも、思う。
もしかしたら、堺は椿とも寝ているのかもしれない、と。いや、椿だけではない。赤崎や、もしかしたら堀田とも……
(な、わけねえっての……)
童顔で純朴な椿を実際前にしていると、まさか世良と同じように堺を抱いているとはとても思えない。赤崎や堀田も同じだ。
みんな純粋に堺に心酔して、尊敬のまなざしをもって見つめている。
世良だけだ。尊敬の心のほかに、それよりもっと強く深い思いを抱いているのは。
自分の中の嫉妬の炎にくらりとして、それから、別の気配に気がついた。
何かが、揺らめくように立ち上がりかけている。
「……世良さん?」
「いくらなんでもここだけは大丈夫っスよ。記者クラブなんて身分がちがちに保証された連中しかいないんスから」
椿が不思議そうに名前を呼ぶのに被さるように、赤崎が言ってきた。
「いやあ……わからないぞ……っ?」
ぞくん、と寒気が走って、世良は反射的に記者発表の会場の扉を開ける。
記者席にはしらけた空気が漂っていた。もう発表は終わっていて、質疑応答の時間に移行しているらしい。今、立ち上がって知事に質問を投げかけているのは、中程の席についているどこかの新聞社の記者らしかった。
元々それほど身長は高くなさそうだが、今はさらにいたたまれなさそうに背中を丸めて小さくなり、ぼそぼそと聞き取りにくい声で言葉を続けていた。
壇上のジーノはすっかり飽きている様子だ。
「あのさあ、それってくだらない質問だって思わないのかな? 夕べのパーティーの主催はボクの友人だけどさ、イタリアを代表する家具ブランドのVIPでもあるんだよ? 今年はイタリアとの友好年でもあるって知ってるよね? 東京とイタリアの友好をアピールするいいチャンスだったんだよ? パーティー会場に伺うのに公用車を使わない方が失礼だって、思わないのかな?」
どっと笑い声が起きる。
ゆらめく陽炎のような気が、一瞬はっきりと形を成す。世良は会場の後方で仁王立ちした。
その異様な気配を感じ取ったのか、ジーノがちらりと視線を投げてよこす。
「世良さん……! なにしてんスか?」
赤崎と椿がやってきて棒のように突っ立っている世良を引きずるようにして記者会見の席からひっぱり出した。
「君には次回こそもっとクリエイティブな質問を期待するよ」
会場を出る直前、ジーノが件の記者に投げた言葉で立ち上る陽炎はより濃く、はっきりとなる。