SP-THE DESTINY-

**EPISODE I-1**




「……っ!」
 堺の内側を抉っていた熱が大きく膨れてはぜる。と、同時に世良の中にあっためまいが、悦楽に押し流されていく。
 達したばかりの堺は、なんだかあどけない顔をしていると世良はいつも思う。
 いつも警視庁警備部警護課第四係機動警護班……世に言うSPの精鋭たちをまとめあげているキレ者の影はすっかり影を潜めている。
「……なんだよ? 早く抜け」
 世良の視線に気がついた堺は、鬱陶しそうにそう言った。
「いやっス……まだ、足りないですよ……」
「お前と違って俺はそう若くないんだ。明日の警護に差し支える。咥えてやるから、それで妥協しろ」
「……っス」
 SP訓練学校にいた世良を警備部警護課の自分のSPチームへと引き抜いたのは堺だ。赴任前日の夜、最初にベッドに誘ってきたのも。
 訓練学校での世良の成績は、一言で言えば極端……実践訓練では抜群だが、筆記になるとまるでダメという状態で自分でも「これは本当にSPとして配属してもらえるかは微妙だな」と思っていた。正直、自分は教官たちからは少々持て余されている存在だったと世良自身もわかっている。
 それがある日突然やってきた堺の強い推薦で突然、SPへと抜擢されてしまった。
 なんだか夢みたいな話だと思う。普通は訓練学校のカリキュラムを満了した後しばらく所轄に戻って辞令を待つと言うのが通例だ。それがあっという間のSP採用……しかも、本社と呼ばれる警視庁の中にあるチーム、いわば精鋭中の精鋭部隊所属となったわけである。当然、同期たちには大層羨ましがられた。
(堺さん……)
 訓練生たちの間にも警護課の堺良則……その名前は響き渡っている。教官たちにとっては今も一番自慢の教え子らしく、度々授業でその名前が口に出されたし、訓練学校からSPの職務に就いてからの活躍ぶりは漏れ聞こえてくるだけでも、ある種ヒーロー的な憧れの的になるのに十分な実績だった。
 もちろん世良も噂ではよくその名前を耳にしていたし、漠然と「すごい人だ」と思っていた。
 世良にとってはまさに雲の上の存在で、その堺本人にまさか自分が引き抜かれるとは夢見たことすらなかったのだ。
 だから、時々今が現実でないような気持ちになる。
 堺と共に日々の任務をこなし、時々携帯メールで秘密の約束を交わして肌を合わせる。
 こんな日々が現実のことなのか、時々自信がなくなる。
 ほんの数ヶ月前の自分にこの事実を教えたらきっと大笑いするに違いない。
 ベッドでの堺は日ごろのクールな態度とは裏腹に、やけに奔放でセックスに対して積極的だった。
(堺さんは、どうして俺を選んでくれたんだろう……)
 それまで男と寝たことはなかったのに、着任前夜個人的に呼び出されて食事をした後でホテルの部屋に誘われた世良に、ためらいはなかった。
 初対面の堺の印象は「ひどくストイックな人なのだろうな」というもので、実際、一緒に仕事をしていてその印象はより強くなった。不肖の部下として、心から尊敬している。
 同僚たちからの絶対の信頼と敬愛。周囲からの期待と、それに確実に応えていく手腕。
 警視庁内部でも『キレ者』として有名になるのも無理はないと、世良はすぐに思い知るところとなった。
 その堺が今、世良のそれを美味そうにしゃぶっている。
「ん……相変わらず……巧い、っスね……」
「下手くそに舐められるよりいいだろう?」
「巧すぎて最初の時なんか、瞬殺でしたよ。こんなの……ムリっス」
「……今もそんなに保つようになったわけじゃないだろう?」
 これから部下になる男を初手から平然と誘ってきた。はじめて堺を抱いた夜のことはたぶん生涯忘れられるものではない。
 文字通り翻弄され、絞り尽くされた。あんなセックスははじめてで、この世にあるどんな快楽とも換えのきくものではないと思ったのだ。
 ゆっくりと舌を出して舐められ、熱い咥内に咥えこまれて、全体を使ってしゃぶられる。それだけで、頭のなかが真っ白になった。
 いつも世良が心の片隅に抱えている闇が、その時だけは遠のく。
「いい……っスけど、こんな巧くなんのに、今まで一体何本咥えたのかなって……妬けるっス」
 荒い呼吸で世良がそう言うと、堺は熱杭をくわえたままでにやりと笑った。
「……っ!」
 先端を強く吸われて世良はうめき声をあげる。
「やば……あんま早くイッたら、堺さんに嫌われる……」
「そうでもない。どうせ、すぐまた勃つんだろ?」
「そういう言い方……赤崎たちが知ったら、どう思うんスかね?」
「さあな。聞かせてみたいか?」
「絶対に……イヤっス」
 言って、世良は堺の頭に両手をあてがう。そうして自分の上に乗るように促した。
「だから、今日はもう……」
「いいっス。明日は俺が堺さんの分までフォローするっス」
「……ふざけんな、世良」
 言いながら、それでも先ほどまで世良が穿っていたそこに自らあてがってきた。堺のむき出しの太股に先ほど世良が内側に放った白濁液がたらりとこぼれているのが見えた。
 それで、たまらなくキた。
 十分にほぐれ、ぬめっていた堺のそこに再び熱を割り入れる。
 世良よりも上背のある堺の裸体が、自ら揺れ踊る。
(俺以外には、触らせたりしないでください)
 にじむようにそう思う。
 何度抱き合っても、どこか遠いところを見ている気がする堺を、どうやったらつなぎ止めておくことができるのか、最初に出会った瞬間から、世良は常に考えている気がする。



「堺さん、俺、肉食いたいっス。ここのホテル、ルームサービスにカツ丼とかないスかね? あ、もちろんサラダも一緒に頼むんで」
 シャワーを浴びた世良が髪の先からぽたぽた水を滴らせながらバスルームから出てくると、堺は既にネクタイをきりりと締めているところだった。
 世良は驚いて足を止めた。
「あれ……今日、ここに泊まっていくって……」
「都知事の突然の外出だそうだ。本来の警護は明日からだが、出動要請がかかった。行くぞ。青山にあるカッシーナのショールーム。現場には一時間で来いとのことだ」
 堺の言葉に世良は顔を曇らせた。
「せっかく久しぶりに朝まで一緒にいられるって思ったのに……」
 堺は微苦笑を浮かべる。
「俺としてはいいタイミングだったな。カツ丼頼むとか、お前この後どんな運動するつもりでいたんだ?」
「へへへ……」
 その言葉に、今夜の堺は世良が誘えばどこまでも断るつもりはなかったのかと嬉しさ半分。だがそれも幻と化したのかと思うと切なさ半分で世良は笑った。
「へらへら笑ってないで支度しろ。俺は先に行ってるぞ」
「っス! あ、身体、大丈夫っスか?」
「誰かさんが遠慮なしにガツガツ突きやがったからな。でも大丈夫だ、鍛え方が違う……髪、ちゃんと乾かせよ?」
 堺はスーツのジャケットを羽織るとさっさと世良を置いて出口に向かって歩き出す。
 きびきびとした所作には、ついさっきまでの艶めいた様子は微塵もにじんではいない。
 世良は惚れ惚れと恋人と言うのにはあまりにも約束の言葉が足らない男の背中を見つめた。視線に気づいた風でもなく、堺が振り返る。
「一時間だ。遅れたら一ヶ月はさせないからそのつもりでいろ。ここの勘定は俺が払っておくから急げよ?」
「……っス!」
 世良は慌てて着替えはじめる。
 言われた通り急いで髪を乾かし、スーツに手早く着替えて、部屋を飛び出す。堺の姿はロビーにももう見あたらない。
「ホンットに、早いよなあ。切り替え」
 苦笑してしまう。現着したらもう警視庁きってのキレ者SPとしての顔しか見せてはくれないのだろう。
「まーた、好きだって……言わせてくんねーし」
 SPは激務だ、と世良に言ったのは堺だ。言われた通り、いやそれ以上の過酷な任務の日々で同じチームのメンバーはしょっちゅう「彼女にフラレた」だの「合コンキャンセルした」だのと言っている。チーム内では一番のベテランに当たる堀田などは同棲していた恋人にある日突然出ていかれたそうだ。
 係長という立場の堺が世良たちよりもずっと忙しいのは、見ていればわかる。
(とりあえず、今のところ堺さんと寝てんのって……俺だけ、だよなあ?)
 仕事時間を除いた堺の時間の全てを、世良はもらえているわけではない。多忙な男のプライベートの時間がどれほどあるのかについても、知らない。
 はじめて寝たときに、堺が男と関係を持つのが始めてではないことならうっすらと理解したが、今まで一体どれほどの人数の相手と寝たことがあるのかまでは知る由もない。
 堺は自分のプライベートについて、世良に何も話してはくれない。それが切ない。
 世良はため息をついた。
「よっしゃ、仕事!」
 空手で現場には行けない。まず世良は桜田門にある警視庁の四階に急行する。そうして常駐するフロアのデスクから細々とした備品を取り出した。
 特殊警棒、シーバー、SPの身分を示す襟章、ネクタイ。毎日時報で正確に時間を合わせているミリタリーウォッチ。手錠は少し考えて「いらない」と判断した。
 別室保管になっている拳銃を所定のロッカーから取り出して状態を確認すると、ちらりと防弾チョッキが吊されたハンガーの方を見て装着は「いらないか」と判断した。

 なぜなら今日はまだそんなにめまいがしない。

 妙なのが紛れこんできたとしても、銃を使われるようなケースには発展しないだろう。
 そう確信した。
 それは、世良が持つ特殊な第六感とでもいうべきものだった。
 前々からその傾向はあったが、SPになってから特に強くなった感覚だ。
 世良は、周囲の人間たちが発する独特の気を読み分けることができる。特に悪意や殺意を持った人間の気は強烈で、ともすればその感覚が自分と同調してしまう。シンクロした感覚は、世良に相手が思い描く殺意のイメージを映像として脳内に容赦なく再現させる。
 めまいと頭痛、時には吐き気さえ伴うそれは、長年世良を悩ませてきた事実だ。
 軽い予知能力といってもいい。
 だが、こんなことを言ってもほかの誰にも信じてもらえないことはわかっている。わかっているから自分が見え、聞こえていることについては口をつぐみ、迫る危機だけをすくい上げてSPという職務に最大限に生かしているのだ。
(堺さん……)
 もちろん、第三者からすれば根拠のないただの『カン』と一蹴されてもおかしくはない。
 だが堺だけは、訓練学校時代に世良の噂を聞いて訪ねてきてくれた時から、世良の見えているものを無条件に信じてくれた。
 たぶん、堺が上司でなければ自分はSPの仕事をまっとうすることはできないだろうと世良は思う。



 堺から指示された現場は、青山にあるイタリアの有名家具メーカーのフラッグショップだった。ギャラリーを兼ねたそこでは今夜、日本進出十周年のパーティーが開催されている。
 本来は明日から警護を開始する予定だった都知事のルイジ吉田は、日本初のハーフの知事だ。母親の出身国が誇る名ブランドの社長とは友人であるらしい。元々はなかったパーティー出席の時間を多忙の中ひねりだしたのは、自分のことを「ジーノか、王子と呼んで欲しいな」とぬけぬけと街頭演説で言っては満場の喝さいをさらう都知事の友情の現れらしい。
 世良にしてみれば迷惑な友情だ。
 現場には四十六分で到着した。
 人々の合間に置かれた不思議な形状の椅子を眺めて首を傾げると、世良は上司である堺の姿を探した。
 人混みの中、さっきまで抱いていた人が涼やかな出で立ちでたっているのを見つけて駆け寄る。
「堺さん……!」
「四十八分。まあまあだな。マルタイは十時に到着予定だ。パーティーには多くの出席者がいてごった返している状況だが、一応、招待状の有無を入り口で確認しているから本丸の中まではVIP以外は入れないことになっている」
 堺に建物の見取り図を渡されると、世良はうんざりとしながら周囲と見比べた。
 ガラス張りの建物は開放感にあふれているが、反面テロリストたちがどこからか狙撃をしようと思ったら容易に思える。
「ギャラリーは一部一般に開放されているし、周囲のビルは一応当たってはいるが、人の多い街だからな。お前の思ってる通り、上から狙われたら一発だ」
「なんで狙われてるとわかってるのにこういうとこ来るんスかね?」
「俺に訊くな。変わり者で有名な人なんだ。来たかったから、だけで十分な理由なんだろ?」
「……俺、とりあえず、一般客が入りこめるギャラリー側を見てくるっス」
「なんかあったらすぐに報せろ。俺はマスコミの方整理してくる」
 一瞬視線を交わす。
 さっきの熱がふと甦ったようで胸の奥がきしんだ。だが、そのまま黙って二手に分かれる。
 世良はそのままギャラリーの方へ向った。
 もう十時近い時間で、ピーク時よりはかなり人の数は減っているようだが、それでもそこそこの人出はある。どうやらデートスポットでもあるらしい有名ブランド家具のギャラリーは、今夜この奥で行われているパーティーを知っているらしい一般客たちが、一目なりと有名人の姿を見れないだろうかという好奇心も一緒に連れてやってきているようだ。
(目がちかちかすんな……)
 瀟洒な全面ガラス張りのギャラリーは、イタリアのメーカーらしくはっきりとした色合いの不思議な形状の椅子やテーブル、ソファが並んでいる。
 良し悪しはわからないが心惹かれる造形だなと世良は思った。
 カップルが仲よさそうに眺めては「欲しいけどムリとかいうレベルじゃないよね」と笑いあっていた。
(あー、なんかいいなあ……)
 今度堺を誘ってこういうところでウィンドウショッピングというのも悪くない。いつも、すぐにホテルの部屋に直行してセックスをするだけではなんだか損をしている気分になる。
 だが、果たして堺はそういうことにつきあってくれる気はあるのだろうか。
 世良は少し、自信がない。
「……っ!」
 甘ったるい感傷に浸りかけたその時、突然、神経がぴりりと刺激された。
 文字通り刺すような痛みを伴った感覚だ。危険が確実に間近に迫ってきている。人の心の暗闇だけが作りだせる空気の禍々しさ。
 殺気だ。
 誰かが誰かを殺そうとしている気配だ。
(誰だ……)
 世良は目を凝らしてあたりを見回す。
 平日とはいえ、夜の遅い街のギャラリーは人が多い。
 カップルが中心だが、若い女性だけのグループ、携帯を耳に当てて何やらしゃべっているサラリーマン風の男、気楽な風情の大学生たち。
 世良は慎重に人々を検分していく。

 視界に、一人の偉丈夫が映った。
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