いつか、いつかのX'mas eve 2

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堺さん、終わったら速攻部屋行くんで。お腹空いたら先に食べててください。

(一人でチキンだのケーキだの食えるか)

堺さん、スタートが遅れそうです。先に食べててください。

(別に腹減ってねえし)

堺さん、絶対行きますんで。ホントに行きますんで。

(遅くなるなら来なくてもいいんだよ、別に)

 昼間、チームと契約しているジムで汗を流すと、夕方には自宅に戻ってきた。五時くらいからは世良が手配した料理や酒が次々に届きはじめてしまう。
 世良に対談仕事が入ってどうも今日の予定は成立しなさそうだと、堺が一応「頼んだもん、キャンセルするか?」と言ってはみたのだ。だが、世良がかたくなに「絶対、終わったら堺さんの部屋に行くんで」と拒絶した。
(取材関係は大概予定より遅れると決まってるんだぞ?)
 そう思ったが、あまりにも世良の顔が蒼白なので強いてつっぱねる気にはならなかった。
 ソファに足を伸ばして身を沈めると、積んだまま放置していた本を読破することにした。低く流れるBGMは物憂げなブルースで、プレミアムビールを片手に、一人過ごす時間は悪くない。
 世良が手配した料理やケーキは冷蔵庫に入りきらない分をベランダに出しておいた。部屋の隅ではツリーが青と白の点滅を繰り返している。
 いつになく静かなクリスマスだな、と堺は思った。
 テーブルに置いた携帯は、時折世良からの短い謝りと言い訳のメールが来たと告げる。文面は読むが返事はしない。なんと返しても世良はテンパるだろう。
 呼ばれているという各チーム選抜のメンバーを聞く限り、とてもまとまった「いい話」になりそうもない座談会だ。そこで世良がさらに使いものにならなくなったら、せっかくのいい機会をムダにすることになる。
 メンバーの選定を誰がしたかは知らないが、窪田を筆頭になかなか話題性のある名前が並んでいる。少しでもあちこちにアピールすることは、世良にとってはプラス材料だ。
(まあ、平静な状態でもどうせあいつはろくなこと言えないだろうけどな)
 想像して、つい吹き出した。
 結果としてあんまり意味が通じなくても、一生懸命考えた末の言葉だということだけはきっと紙面から伝わるだろう。そうであることを祈る。
 堺はベランダに面した窓の外に視線を投げる。真っ暗な空は月も星もない。今日は寒波がきてるらしいから、もしも降り出したら雪になるのかもしれない。
(クリスマスイヴに雪……ね……世良が喜びそうだな)
 またテーブルの上の携帯が鳴った。世良からかと思ったが、着信音が違う。
「……? なんだ、お前か」
 電話の主は丹波だ。周囲が騒がしい。どうやらどこかの店で騒いでいる最中らしい。多少アルコールが入っているらしく、電話の向こうの同僚は上機嫌だった。
「お、堺出た! 携帯に速攻で出られるってことは、どうせヒマしてんだろ? 今から飲みにこいよ。かわいそうな独り者だけで今、メシ会やってんだ」
「ああ、俺はいいよ。行かねえ」
「なんだなんだ? ツーコールで携帯出るほど寂しいくせにムリすんなって」
 堺は苦笑して、携帯を耳から遠ざける。周囲がやたら騒がしい。知った声が多いのは切ない話だなと思った。
「別にムリしてねえよ。人を待ってんだ。仕事でちょっと遅れてるだけだから、邪魔すんな」
「へえ……やっぱお前今、恋人いるんだな」
 丹波の声音が少し変わる。堺は苦笑してソファに座り直す。
「なんだよ、いるよ。当たり前だろうが。探り入れるための電話か? 切るぞ?」
「いやいやいや、正直、いるかいないかは五分かなって思ってたからさ。まあ、いいや。紹介しろよ。今の相手とお前、結婚する気だろ?」
 いきなり言われて黙ってしまう。
 この場合の相手は世良で、世良と結婚などできるわけもない。今までのカノジョ遍歴を丹波は大概知っている。半分くらいは顔も見ているし一緒に食事をしたことのあるコもいた。だが、この同期は堺に対してただの一度もそんなことを言ったことはない。
「……なんだ、いきなり? そんなこと考えてないぞ?」
「そうか? でも、堺がそうやってちゃんと待ってやってるって、珍しいなってさ」
「俺はそんなキチクじゃない」
 むっとして言うと、丹波は笑った。
「いやあ、割とひでえぞお前はカノジョに対して。けど、待ってるって言った声がなんかいい感じだったからさ。待つのが苦にならないってすごいだろ? 俺が言うのはそういう意味。ま、早くカノジョがくるといいな」
 堺は応えない。丹波は「これでいない奴らにだいたい電話したよな?」と周囲に訪ねている。あちこちから「あと、世良っスー」と声が飛んだ。
「そっかそっか。そろそろ取材も終わるころだよな? ……あとは、じゃあ、世良にでも呼び出しかけてみるか」
「世良は呼んでもこねえよ」
 堺はさらりと言った。一瞬、電話の向こうが空白になる。微笑して、堺は言った。
「お前、この前の食堂のこと覚えてねえの? 世良、誰かと約束してただろ?」
「ああ、そういや。あいつもカノジョいるみたいだったな。ああ、くそ、FW陣充実してんなあウチ」
 MF連中はそうでもないらしい。丹波は今度こそ「じゃあな。カノジョによろしく」と電話を切る。
 また静かな部屋に戻った。
「待つのが苦にならない、な……ンなこたねえよ」
 時計の針は八時を回っている。夕方から読み始めた本はまだ10ページも読み進んではいなかった。
 どうせ、早く終わっても11時を回る位になるだろうから、世良が今日この部屋にくるかどうかは微妙なところだと思う。もしかしたら、意気投合した若手のFWたちはチームを越えて交流の和を温めようとそのまま飲みに繰り出しているかもいれない。多分、世良はそれを断りはしないだろう。断ってここにきたら堺がどう反応するかくらいはわかっているはずだ。
(なんだろうな、これは)
 妙にすかすかした感じが胸の真ん中のその奥にある。夜は深く暗さを増していく。ガラス戸を開けてベランダに出てみた。吐く息が白い。
 街はまだまだにぎやかな時間帯で、家々の灯りもきらきらと冷たい冬の空気の中で輝いている。手すりのところに体を預けてじっと、年の押し迫った街を眺めた。
 去年の今夜は女の子と二人でビュッフェで食事をしていた。その前の年も相手と店は違うが同じことをしていたはずだ。その前はどうだったろうか。
 ふと見ると、ベランダに出しておいたチキンや料理の箱がある。ふっと、微苦笑が片頬に浮かんだ。
「ばーか……何にも食わずに待っててやるから、ちゃんといいことしゃべって早く来いよ」
 来るか来ないか微妙だと思っているのと反対側で、世良が来ないわけがないと思っている。



 玄関のインタフォンが鳴ったのは、日付が変わるぎりぎりのことだった。
 堺は読み差しの本をテーブルに置くと、ゆっくりと立ち上がって玄関に向かう。
「……合い鍵持ってんだから、勝手に入ってこいって。いつも言ってんだろ?」
 そう言う堺の目の前に、真っ赤な頬をして呼吸を荒げている世良がいる。着ている紺色のピーコートにいくつもの雪の結晶がついていた。
 知らない間に本当にホワイトクリスマスになっていたらしい。
「ス、ス、スンマセン……思ってたより時間かかって……終わってから一杯だけ乾杯しようとか誘われて……でも、昌洙が、あいつクリスチャンだから今日の内に教会に行かなきゃって言い出したんで、なんとか……まだ、イヴっスよね?」
「まだ0時前だよ。いいから入れ。玄関突っ立ってんの寒い。お前、走ってきたのか?」
 堺は室内に世良を招き入れると「雪、ひどいのか?」と振り返って尋ねた。
「あーっ!」
 世良が絶叫している。
「プレゼント! 堺さんへのプレゼント、寮の部屋に取りにいけなかっ……スンマセン、ホント、スンマセン。やっぱ座談会の場所に持ってけばよかった……」
「いいよ、別に。コート脱いでその辺にかけろ。料理とかケーキとか出すから手伝えよ。てか、その前に手洗ってこい」
 急に部屋の中の時間が動き出したような感じがする。心が浮き立つ。
「堺さん、メシ、まだ食ってないんですか?」
「……あんま、腹減ってなかったからな」
 世良は目をまんまるくすると、いきなり堺に抱きついた。雪の降る外を走ってきたという世良からは冬の匂いがする。
「……」
「……待たせてスンマセンした。イヴなのに、ひとりにしてごめんなさい」
「女の子じゃないんだからそんなに気にするな。仕事なんだから仕方ないだろ?」
「……っス。来年はこんなことないようにするんで」
 言われて一瞬間が空いた。
(来年、か……)
 先のことなどあまり考えてはいない。だが、自分を抱きしめるこの男の中には、堺と過ごす来年の今日のビジョンが見えているのだろうか。
 抱きしめてくる世良の腕の力が少し、強くなる。

「……ああ。そうだな。来年は、仕事入らないといいな」

 思わずそう応えた堺の中にはじめて、考えないはずの未来が一瞬映る。
 それが本当の未来だったかそれとも幻影だったのかどうかは、来年の今日わかるだろう。
 窓の外には、東京に数年ぶりというクリスマスの白い雪が舞い続けていた。
 堺は浮かんだ未来の絵図が現実になればいいと、密かに願う。そんなこともはじめてだな、とその日最初のキスの後で気がついた。


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