いつか、いつかのX'mas eve 1
実際、つきあってみないと相手についてわからないことは多い。
だが、ことクリスマスという日本では恋人たちの一大イベントとして定着した行事について、世良恭平は全く想像を裏切らない男だった。
堺は練習よりも明らかに熱心に計画的に、スムーズに、イヴの夜の段取りをつけていく世良を、心底あきれて眺めている。
一緒に食事をした後、家につれてきてよかった。
店でにこにこしながらスマホのブックマークにずらりと並んだケーキショップやレストランのリストを見せられて「お前もか」と思い「やっぱりな」と自分のカンにうなずいたものだ。
とはいえ、それほど鬱陶しくも思わないのはまだそれほど時間を積み重ねてはいないとはいえ、ちゃんと二人でいることの意味を堺が理解して受け入れているということだろう。
世良はやたらと熱心だ。
やれケーキだ、ツリーだ、よさげなレストランだいやレストランだと男二人じゃかえって落ち着けないから、できれば堺さんの家にデリバリーを手配するのがいいんじゃないかって思うんスよ俺んち狭いし寮の部屋に堺さんきてるの速攻バレっしいいですか堺さん? と、せわしない。
「美味いとこのデリバリーならいいぞ。その代わり片づけるの手伝えよ?」
「やった! そうするとちょっと予算あまるんで、シャンパンのグレードあげんのとワインとか他の酒追加すんのとどっちがいいっスか?」
世良が目をきらきらさせながら言う。
(ああ、師走だなあ)
シャンパンのグレードアップをリクエストしつつ、専門誌から一部リーグ残留及び昇格チームの主力全員にと頼まれる毎年恒例のアンケートの用紙に書き込みをしながら堺は思う。
去年の今頃つきあっていたカノジョもクリスマスにはことさら熱心だった。いや、多分今まで堺がつきあった相手でクリスマスに情熱を示さなかった人間はいない。
プレゼントは指輪、もしくはネックレス、いずれにせよ貴金属類。ご丁寧に堺の収入を理解して、それに見合うか少し背伸びをしたものを先に指定し予約までしていてくれる。十年以上前ならその辺のプロデュースまで堺に託されていたから、勝手に失望したりされるよりは相手の好きに演出してもらう方が楽でいい、と思っている。
世良はプレゼントのリクエスト以外の全てを熱心にこなしていた。
「お前って、期待に反しないヤツだな」
そう言うと「あざっス!」と元気に返答された。
世良がスマホを駆使して見つけたデリバリーのチキンと料理、それにケーキとシャンパンを「これでいいっスか?」と添削させられる。ケーキは一番小さい3号に変更させ、シャンパンは銘柄を別のものに変えさせる。
最近、堺の好みを把握しつつある世良の選んだチキンと料理の店は及第点以上だった。
「よっしゃ、これで予約完了! 配達時間は5時から7時でよし。堺さん、絶対イヴの日に予定いれないでくださいよ?」
「入れないって、何回言わされるんだ? 俺は」
「だって、最初のクリスマスっスよ? 俺たちがつきあって最初のクリスマスなんスよ? なら、絶対一緒にいたいじゃないっスか」
世良がにこにこしながら言う。
「女じゃあるまいし、そこまで派手に盛り上がれる世良が信じられねえよ、俺は」
「いえいえ、重要っスよぉ。クリスマスは毎年やってくるんです。今年一緒にいた話を、来年できるし、その次の年は二回分の話ができます。最初のクリスマスはその全部の俺たちの愛の歴史? とかそういうのの、キホンになるんスから大事っしょ。気合い入りまくりっスよ!」
「よくそんなことを真顔で言えるな、お前は」
本気で言った。
この臆面のなさは正直尊敬に値するなと堺はいつも思うのだ。来年のことなどあまり考えて過ごしてなどいない。
周囲には意外だと言われるが、そもそも長期的な展望を考えながらできる職業ではないと思っている。未来を考え出すとキリがなくなるから、少し先のこと……次の試合、さらにその先で自分が出場できるかどうかについて以外は考えるのをやめた。
恋人ができてもあまり将来のことを考えてやれないから、よくなじられる。特にプロになってから同じ恋人と二度めのクリスマスを過ごしたことがないのはそのせいかもしれない。
「俺、すっげー楽しみにしてるんです……」
「……」
夜のはじまりの合図のキスを受け止めながら、堺は思う。
(お前は、来年のクリスマスも俺といると思ってられんのか?)
実際、世良といるのは気持ちがいい。
相手は堺に対して「好きだ」「好きだ」とのべつまくなし言ってくる。常にチャンスを見つけてはキスをしたがり、堺のやることなすことをほぼ全て肯定してくれる。セックスの時も堺が快楽を得られるようにと一生懸命だ。最初に寝た時は「自分が抱かれる側なのか?」と戸惑いもしたが、ひたすら相手が奉仕してくれることを覚えたら、そっちの方が気持ちがいいと知った。世良のことだから「一回やらせろ」と言えば平気で自分の尻を差し出しそうな気もするが、今は受け身のセックスに満足しているし悪くないと思っている。
二人でいる時はぬるま湯に浸かっているみたいに楽だ。
それに、ここまで自分を慕ってくる相手を悪く思えるわけもない。飽かず「好きだ」「好きだ」「愛してる」と囁かれ続け、少しでも堺が不機嫌になれば叱られた犬みたいにしゅんとなり、優しくすると太陽みたいに明るい笑顔で「うれしい」と伝えてくる。
世良から発せられる波動はほとんどが陽性で、時々マイナスオーラに包まれているとどうしたって放っておけなくなってしまう。
世間一般には世良とつきあっていることを公表できるわけもないし、そもそも自分が男と濃密な時間を過ごしていることへのかすかな抵抗もまだ少し持ったままでいる。
それでも「何か、クリスマスプレゼントくらい考えておくか」と、世良の好みそうなブランドのサイトをチェックしている。
世良とのクリスマスの予定を、キャンセルしようという気はみじんもない。
つまりそれくらいには堺にとって世良は馴染んでいるということだった。
「あ、世良くん! ちょうどよかった! 今度の土曜日の夜、空けておいてくれない?」
キレ者と評判の広報が昼食のラウンジにやってくると、大声で世良にそう言った。
一瞬、その場にいた全員の動きがぴたりと止まる。
「え……俺、っスか?」
静まり返った食堂内で、世良が困ったように自分を指さした。トレーの上にはハンバーグオムライスの大盛りとサラダに牛乳がのっている。
「……」
ちらちらと視線がこっちにくるが、堺は無視して、サラダにフォークを突き立てた。
「あ、あの……俺、有里さんの気持ちはうれしいんスけど……」
「……? 何の話? サッカーダイジェストで年明け発売号からポジション別の各チーム若手座談会やるのよ。FW部門の選出、ウチに回ってきたから、世良くんに参加してもらいたくて。だめ?」
「あ……」
食堂は、どっと安堵の空気に満ちあふれる。世良の顔はみるみる内に真っ赤になり、それから青くなった。
「夜、何時頃になりそうっスか?」
「うーん、それがねえ。ガンナーズの窪田くんが東京に来てる間縫ってやるから結構スケジュール押せ押せなのよね。夜、七時スタートくらいになりそうなのよね。一時間くらい、フォトセッションがあって、それから二時間くらい対談で、あとなんだかんだで十時は回ると思う」
有里が難しい顔をしながら言う。ふと、顔をあげると「あれ、でもなんで?」と首を傾げた。
とたん、食堂内が大きなため息に包まれた。
「有里、今度の土曜日って何の日だかわかってるか? 寂しいヤツだなあお前。世良、対談の後は責任もって有里をどっか美味いメシ屋にでも連れてけよ?」
「え? なに? ……あ……」
丹波のため息混じりの言葉に、ようやく思い当たったらしい。有能な広報の女性としての幸福はまだ先の話になりそうだな、と堺を含めたその場の全員が思った。
料理が届くのは七時。それ以外は大体夕方五時から六時到着予定だ。ツリーは既に準備万端で堺の部屋で光っている。世良へのプレゼントはなんだかんだと悩んだあげく、新作のスウォッチにした。
イヴの準備は整っているが、どうやらプロデューサーは参加できなくなりそうだな、と堺は思う。
「え、と……世良くん? 予定入ってたかもしれないけど、仕事なんで諦めて……あの、もしあれなら私からカノジョさんに説明とかするし」
ガンナーズの窪田といえば、U22代表に選出されている。代表ではMFだが、敢えてリーグでのポジションでの観点からの対談をしたいということらしい。他の面子を聞けば川崎の姜とあと一人はまだ未定だが鹿島の若手だという。売り出し中の世良にとっては正直「美味しい」仕事だと言える。有里が張り切るのも無理はない。
「いや……仕事なら大丈夫、っス。わかってくれる人だし、むしろ断ったら、蹴られるし」
世良があからさまにうなだれながら言う。
「お前のカノジョ、蹴るのか……すげぇな……」と、清川が多少引き気味の顔でいっった。
(蹴らねえよ)
堺は心の中で清川にツッコミを入れる。
(いや、仕事蹴るなら蹴るか。蹴るな)
それから、妙に納得した面もちでハンバーグを切り崩しにかかった。世良が背後でため息とともにいすに腰掛ける。ありとあらゆる方向から揶揄と罵声が飛び交ったのは言うまでもない。大概は「いいぞいいぞ、フラれちまえ」で、わずかに「世良さん、翌日フォローすれば大丈夫っスよ」というなぐさめも混じる。
(別に、フォローはいらねえし)
堺は、無心にハンバーグを細かく切り刻んで周囲の連中に気味悪がられていた。
-Powered by HTML DWARF-