中の人・for marriage

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 仕事柄、時々こういうことを頼まれる。
 それは若さゆえのはやまった選択だなと思うこともあれば、互いが運命の相手なのだと自然に悟ったのかと心から祝福できるできる場合もある。
 なんにせよ、現在の日本国の法律では決して許されることのない二人が、ままごとと言われてもいいからと望むのなら協力するのはこちらとしてもやぶさかではない。

 話を持ちかけてきたのは世良の方が先だった。

「あの……お願いしたことがある……あります」
「なんだ?」
 試合の後だ。俺もオフィシャルの仕事を終えてバックヤードに戻ってきたばかりで、冷たい水でも被ろうかと部屋に戻りかけていたところだった。
 やはり勝ち試合は気持ちがいい。何より選手、スタンドに集まったサポーターたち、それからフロント……とにかく親愛なる友人たち全員が見せる笑顔がいい。キャラ的に「女にしか愛想がよくない」という自分を抜かりなく演じきっていても、俺はこのチームを愛する全員をちゃんと愛している。仕事的に、キャラはとても大事なのだ。
 マスコット界の狂犬、なんて物騒な異名はともかくとして俺はスポンサーから暗に求められているものを理解しきっているつもりだ。
 世良は両手を後ろで組んでまっすぐ立つ。
 上背では俺の方が大分ある。大きな相手に立ち向かう時、無意識に自分を一番大きく見せられるようにと考えるのだろう。いいことだ。敵チームの多くが世良よりもフィジカルに恵まれている。
 常に向かっていく姿勢は評価していい。特に世良のようなFWには大切な心がけだ。
 世良は俺を見上げて息を整える。それから、一気にまくしたてた。
「あの……今度、時間をとって欲しいんス。そんで、俺と……堺さんに、その……なんか一言、ください……」
 その言葉には、重く深い意味合いが含まれいている。ウチの選手が二人揃って俺に「なにか言葉をくれ」と頼んでくるということは、つまり、二人が俺に自分たちの誓いの立会人になることを望んでいるという意味だ。
 今までも俺はそうやってひっそりと、このチームの中で育まれた愛を祝福してやってきた。
 今度、その列に世良と堺も加わるということだ。
 それについては以前少し堺とも話をしたことがある。二人が生半可な気持ちで一緒にいることを選んでいるわけではないということは知っていたが、ここは確認をしなくてはならない。
「……それは、堺も同じ気持ちだということが前提だが?」
「……同じ、っス」
 真っ赤になって世良はそう言うと顔を背けた。
 表情を変えることができないというのは、こういう時にもどかしい。本当なら握手かあるいはハグでもしてやりたい気分だ。
「おめでとう。そうか、ついにお前ら……」
「……っス。夕べ、ようやく堺さんがうんって言ってくれて。気が変わる前に俺、早く、キセイジジツ作りたいんス」
 俺は世良には全く伝わってはいないことを知りつつ、苦笑した。
「ホントに堺が了承したことなのか? だまし討ちでもしようもんならあいつのことだ。簡単にキレるぞ?」
「だましたりなんかしてないっス! それに、毎日プロポーズしてたのはホントっスけど、夕べ言い出したのは堺さんなんで」 じたばたと手足をばたつかせて抗議してくる様子は、とても一世一代のプロポーズを受け入れてもらえた男には見えない。まあ、サッカー選手なんて、大体がサッカー小僧のまま大人になったような人間ばかりだ。
「堺の方から切り出したのか。本当にお前ら、ホンモノだったんだな」
「……っス」
 世良がひどくうれしそうに笑った。
「わかった。日程調整しておこう」
「あざっス! やっぱ、貴方に認められてはじめて。ってトコあるし」
「ウチのチームにいる間だけのことだろう? 他チームに移籍でもしたらまた流儀は変わる」
「俺も堺さんも、ETUの人間っスから」
 世良は真顔で言った。
 請け合って、世良と握手して別れる。
「……!」
 隅田川スタジアムには俺の個室が用意されている。今度はその部屋の前に相変わらず無愛想な堺が立っていた。
 俺の姿に気づくと頭を下げる。
「おめでとう。世良から聞いたぞ。世良はともかく、まさか堺が了承するとは意外だったな」
 言うと少しだけ堺の頬が紅くなるのを見てとった。「まあ……これで少しはあいつが落ち着いたらと、そう思っただけです」
「世良が落ち着くかね」
「それは、俺も自信はないですよ」
 堺が苦笑する。笑顔は硬いが硬質の表情に軟らかさが散見できる。それで俺は「引き受けた」
と堺に短く言った。ウチのベテランFWは小さく頭を下げる。
「それにしても、俺はお前はもう少し逃げ回ると思っていたよ」
 堺は息をつくと「俺も意外ですよ」とつぶやいた。
「だが、貴方に言葉をもらったら、俺たちはどう変わるのかと思った。それだけです」
「変わらないさ。なにも、な。ただ、気づく」
「何に?」
 堺に尋ねられて俺は肩をすくめてみせた。
「さあ? 俺は誰かとつがったことがないからな。
具体的には言えないさ。だが、なんとなくそういう気がしただけだ」
「いい加減ですね」
「処世術のひとつさ」
 堺はうなずくと「勉強になります」と殊勝に頭を下げた。
 他愛のない、それは茶番劇かも知れない。
 それを望んだ二人は俺の前に立つ。俺は、一言、二人のために二人に向かって言葉をかける。
それだけだ。
 他の誰かが見たら、単純にチームのマスコットキャラに何か言われている二人、という図になる。
 だが問題はいつも心だ。
 俺に「何か言葉をくれ」と頼んでのそれは、本来ならチャペルで神父が新しく夫婦になった者に告げる言葉と等しい。
 つまり、二人が永遠に共にあることを選んだということに他ならないのだから。
「そういえば……」
 堺が去り際ふと思い出したように振り返った。
「なんだって、貴方にお言葉もらうと『成立する』ってことになったんですか?」
「……」
 俺はじっと堺を見た。
「な……なんですか?」
「いや、俺も知らないさ。ただ、お前が真偽もわからないようないわばおまじない的なことを実践するのだなと改めて思ってな」
 見る間に堺の表情が不機嫌になるのがわかった。スマートな大人に見えて、少しつついた位でこれほど内心の変化が読める男はどうかと思う。これでは世良も苦労しそうだ。
 いや、きっと世良は喜々としてこの小難しい男につきあうのだろう。
(まあ、割れ鍋になんとやら、か……)
 合ってないようでいて、この二人は意外といい組み合わせなのかも知れないと今更思った。
(というか、必然とも思えないこともないな)
 ふさわしい者の前に、運命はやってくる。
 なんとなく二人の門出にちょうどよい、それでいて堺がまたむっつりとしそうな文言を思いついてにやりとほくそ笑んだところで、まだ立ち去っていなかった堺が声をかけてきた。
 顔をあげると、まじめな男はまじめな顔で尋ねてくる。
「お礼……いろいろ考えてるんですが、やっぱりブランドもののきゅうりがいいんですか?」
 俺はにやりと笑った。
 やはり経験値が違う分だけ堺にはそつがない。
こういう気の回し方は世良にはまだ無理だ。
 俺は片手をあげる。
「ああ、頼む。祝い事や仕事の後には、日本酒ときゅうりが一番だからな」
 堺はふっと微笑すると言った。
「……こういう時だな。本当に中の人は人間なのか? と思う瞬間は」
「それは違うな……」
 俺はかぶりを振った。そうしてベテランらしからぬ失言にモノ申す。
「……何度言わせるんだ? 中の人など、いない」
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