中の人・side SERA

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「俺の、カラダだけが目的なんじゃないかって……最近なんかそう思えてしょうがないんス」
 俺は世良の話を聞きながら苦笑する。
「いつももっといいカラダしてたらって俺にグチってるの誰だよ?」
「あー! それとこれとは別なんです! 俺、若いし。スタミナだけは自信あんスよ。それでスタメンに起用してもらってる部分あるし」
 真顔で言ってから世良はちょっと照れたように頭をかいた。
「あとまあ、相手を満足させるだけのモンは持ってる……って思うんスよ。そりゃ最初の時はいろいろ失敗あったけど無事にヤレてー、その日は朝まで一緒に寝てたし。これってすごくないっスか? 俺の腕の中で熟睡してたんスよ? あー、思い出しただけで勃つ。マジで勃つって」
「世良の腕の中でってのは、大げさだろ?」
 冷静にツッコむと「正確には隣っスけど。同じベッドには違いないからいいじゃないスか、そんな細かいとこ!」と世良はむくれる。
 俺の仕事はあえて言うなら広報系だが、裏では選手のメンタルケアも担当している。もちろんサラリーに選手たちの恋愛相談がインクルーズドされているわけもない。
 だが。ウチのチームの大事な選手の心の憂いを取り払えるのは、ETUサポーターのひとりでもある俺には喜びでさえある。それに、実際こうして若手が心を割って自分の秘密を打ち明けてくれるなんて光栄な話じゃないか。
 それだけ俺を信頼してくれているということだ。
 俺はきゅうりをつまみに、日本酒をくいっとあおる。
 日本酒はいい。心にもしみいる。
なじみの居酒屋はいつもETUの選手と関係者たちが心地よく過ごせるようにと一般人の目に触れない個室を用意してくれる。ありがたいことだ。
「で、最初から身体の相性もあってお互い忙しい身でありながらそこそこ逢えてるんだろ? 今、楽しくてたまらないんじゃないのか?」
 世良は「まあ、そうっスね」とこちらはでれでれの顔で応えた。それからはっとしたように顔を引き締める。
 遅いよ。もう幸せいっぱいの顔は見てしまっている。
 やれやれ、のろけ話を聞くのは楽じゃないんだがな。
 俺は笑って「だがな、世良。こういう問題は相手の気持ちを尊重してやることが何よりも大事だぞ? ずっと、大事にしていきたいんだろ?」と諭す。
 若さとプロサッカー選手の体力を持つ、情の深い世良に愛されているのなら相手は大変だろう。
「っス」
 世良は真顔でうなずいた。
「ああ、でも。相手はお前の身体目当てなんだっけ?」
 途端にしゅんとなる。世良は表情が豊かだ。最近ぐっと急増していると聞く世良サポたちもプレイだけでなくこういう部分にも魅力を感じているのかもしれない。
「……なんか。エッチしてなかった時の方がもっとこう……心の交流みたいな? モンがあった気がするんス。最近は二人で逢えてもすぐにシャワー浴びてそんで……って感じで。もちろんすげぇ
大事にしてるんで。気持ちよくさせてはいます。いるけど、その……」
 俺はため息をつく。実を言えばつい数日前に世良の恋人から相談を受けたばかりだ。
「……大丈夫だ。世良、お前はいい男だ。うぬぼれるなよ? けど、俺は長いことETUの選手を見てきてるからな。その俺が言う。お前はいい男だよ。情が深くて例えへこたれても自力で立ち上がれる。自分の弱さを自覚できてなおも前に進める
男だ」
 世良の顔が真っ赤になる。
 俺は微笑した。
 一瞬口説きたくなる。よくないクセだが相手がいるとわかっている人間に手を出すほど俺は愚かではない。
 どの道抱いたところで決して最終的に幸福にしてやることなどできない身体だ。
 第一、世良の心がこれと決めた相手から動くわけもないかといたずら心を押し殺す。
 世良の恋人は俺もよく知っている。不器用だがいいヤツだ。幸せになるのに相応しいだけの人間だと思う。性格的に難しいところがあるからいろいろ心配していたが、いい相手にめぐり合えたのだと、むしろ世良に感謝しているほどだ。
 それを、ほかならぬ俺が、世良と世良の恋人を不幸にするなどありえない。
 何より優先されるのは選手のメンタル部分の充実であって、俺の肉欲ではない。
それは、俺のアイデンティティでもある。
 わずかばかりの未練を切り捨てて、俺は「大丈夫だ」と請け合った。
「お前がそんなにまでして心を傾けている相手がお前を想わないなんてことあるもんか」
 そう言うと世良は薄暗い居酒屋の中であってもはっきりと顔を赤らめる。一瞬悪心が疼くがかろうじて堪えた。
 大丈夫。俺の腕を必要としている子羊は他にいくらでもいる。
 俺がねんごろにベッドでケアしてやるのはそういう連中であって、こいつではない。
「俺、そんなに褒められたこと……ないっス」
「……堺はそういう甘いことを言うヤツじゃないだろ? 安心しろ。あの男がお前にそれを許してるってことはな、世良。お前にめろめろってことだよ」
「……な、んで……っ?」
「なんで、俺がお前の恋人が誰か知ってるかだって?」
 俺は笑って盃を傾ける。
「俺が知らないことなどないのさ。俺は、ETUの象徴だぞ?」
 世良は驚愕の表情から安堵の表情に変わる。
「……きゅうり、奢らせてください。おやっさんが、今朝ご自宅で収穫したヤツだそうです」
「ああ。遠慮なくもらうよ」
 俺が頷くと世良は嬉しそうに笑った。それから気がついたように言う。
「どうせ個室で二人きりなんスよ?その被りもの、とってもいいんじゃないスか?」
 世良の申し出に俺は首を横に振る。

「ばか野郎、中の人などいない。がお約束だろう?」

 マスコット界の潰し屋などという物騒な通り名はあるが、俺の本当の仕事は選手のケアだ。
そのことを今日も確信した。
 世良は「そうっスね、すんません」と笑うと、有言実行、俺のために大好物のきゅうりをオーダーしてくれた。
 奇しくも数日前の恋人と同じ気遣いをする世良に俺は軽く頷いてみせる。
 俺は豪快に生きゅうりを齧りながら二人の恋を心から応援することを誓った。
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