中の人・side SAKAI
「よ、待たせたな」
堺が姿を現したのは約束の時間から三十分ばかりたった頃だった。俺は軽く手をあげて気にしていないことをアピールする。
「お疲れさん。今日は結構よかったんじゃないか?」
「心にもないこと言うんじゃねえよ。後半二十分からの出場でそんなにボールにも触ってねえよ。お前のパフォーマンスのが数倍よかったじゃないか?」
堺はむっすりとしてそう言うと、俺の対面に座る。
この居酒屋のオヤジは心得たものでETUの選手と見れば一番奥の部屋を用意してくれるのが常だ。
俺の顔もチーム関係者としてインプットされているから話が早い。二人でカウンターに座るには目立ちすぎる。そこを言わずともわかってくれるのはありがたい。地元密着チームはこういうところがいいのだと俺は自負している。
ETUはいいチームだ。
堺は最初から焼酎をオーダーした。飲み方はロック。アスリートらしく実はうわばみなのだが、シーズン中のこの男は決して度のすぎた飲酒は行わない。
長いことプロとして生きてきた自覚とプライドは常にピッチを駆ける時間のために何が最善かを考えていることを伺わせる。
俺は堺のこういう愚直なまでのストイックさが気に入っている。
「ところで。なんだ? 相談って……」
最初のグラスが空いたのを見計らって水を向ければ、堺は視線をはずす。頬が酒のせいとも思えぬ赤みを帯びている。
(ははぁ)と俺はカンづいた。たぶんこれはあれだ。
デリケートな純情物語だ。
(堺がねえ……)
なかなか感慨深い。とうとう俺に相談しなくてはいけないほど本気のオンナを見つけたのか。
今まで何十人と同じ話につきあってきた俺の経験値は、堺が恋の悩みを相談するために俺を呼び出したことを確信させていた。
「……今、つきあってるヤツがいる」
「いいんじゃないか? 恋人がいた方が励みになることも多いしな」
家庭を持ってから飛躍するタイプの選手は多い。
体調管理については堺は完璧にセルフコントロールできるが、嫁に肩代わりしてもらえるならそっちの方がいいに決まっている。
「……いいコなのか?」
「いいヤツだよ。ばかだし、うるせえし、ばかだけど……」
今までの堺の相手とはタイプが違うな、と思いながらも恋人の姿を思い浮かべているらしい堺の表情がびっくりするくらいに甘いのを見て「ああ、めろめろなのか」と納得した。
「結婚すんのか?」
「いや、しない」
即答に俺は笑って「なんだよ、本命じゃないのかよ?」と自分のぐい飲みを傾けた。
「……本命だろ? じゃなきゃ、あんなことさせないしな」
俺は首を傾げる。あんなこととは、なんだろうか。堺はそっち方面は淡泊でそれほどこみいったプレイをベッドでしたがるとも思えない。
俺の無言をどう受け取ったのか、堺はまた顔を紅くした。どうしたんだ、堺良則ともあろう男が。
「悪いかよ。最初に寝た時にそうだったからずるずるさせてるってわけでもないぞ? そりゃ、はじめは痛かったけど最近はそうでもないし、俺も楽しめてるから問題はない」
なるほど、今までノーマルだった堺は今やSMプレイを好んでする女王様なカノジョの尻に敷かれているのか。
ますます意外だ。
「今日、相談に乗ってほしいっていうのはもしもこのことがチームにばれた場合、俺がどういう態度をとればいいのかって、そのことなんだが」
「いやー、そういうのはばれたからって気にするところじゃないだろ。個人のシュミの問題だ。みんな最初は面白がるかもしれないが一瞬だ。ただ、知らなくたっていいことなんだから、堺は相手とよく話し合ってバレない程度に楽しめよ」
堺は納得したようにうなずく。そして「参考までに訊きたい」と尋ねてきた。
「こういうのって……一種の職場恋愛だろう? チーム内のモラルの低下とかそういうのに繋がったりはしないのか?」
意味がわからない。SMシュミと職場恋愛は特に関係ない気がする。チームスタッフの妙齢の女子といえば有里が最初に思い浮かぶが、あれとこれがそんな……ありえない。
一応確認することにした。日本語は大事だからだ。
「堺、職場恋愛っていうのは同じ職場の中での恋愛だぞ?」
「知ってる」
「言ってみれば、チームメイトと恋人同士になったってことだぞ?」
「だからそう言ってるだろう?」
俺はじっと堺をみた。
「相手、誰だって?」
堺は一瞬言葉につまる。だが、他ならない俺相手に隠すこともないと思ったのだろう、ため息をつくとこちらをみた。
「……世良だ」
その名前を口にする時、一瞬堺の目が柔らかく和む。なるほど、どうも本気で惚れているらしい。
俺は手酌で新たに注ぎ足した日本酒をあおった。
のどが灼けるようにしみる。
「そうか……あいつはまだ若い分歯止めが効かなくなることがあるだろう。お前がそこを上手くコントロールしてやれ。みんなに言う必要はないが、バレても堂々としていろ。かといっていちゃつくな。けじめはしっかりつけるんだ。
けなされはしないだろうが、全員が全員手放しに喜んでくれるものとは思うなよ?」
俺は淀みなく応える。堺は真剣な顔をして訓示を聞いていた。
「……わかった。やっぱりお前はすごいな」
俺は微笑する。
「経験の違いさ」
これまで一体何十人の悩めるETUの選手の恋の悩みを聞いてきたことだろう。それぞれ状況は異なってもみな、同じ苦しい気持ちは変わらない。
「応援するよ。世良はいいヤツだ。お前は幸せになれる」
「……今日は奢る」
俺は遠慮なくそれにのらせてもらうことにした。
「どうせ個室で二人きりなんだ。その被りもの、とっていいぞ?」
堺の申し出に俺は首を横に振る。
「ばか野郎、中の人などいない。がお約束だろう?」
マスコット界の潰し屋などという物騒な通り名はあるが、俺の本当の仕事は選手のケアだと自負している。
堺は「そうだったな、すまん」と笑うと、俺のために大好物のきゅうりをオーダーしてくれた。
さすがベテラン。心得たいい気づかいだ。
もちろん、堺もいいやつだ。
俺は豪快に生きゅうりを齧りながら二人の恋を心から応援することを誓った。
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