ご機嫌
堺さんは、いつも仏頂面で基本怒っているように見える。
「……やっべ。さっき、俺、堺さんに睨まれた」
キヨさんがウォームアップのランニングをしながら、そう言った。
俺はキヨさんがいつ堺さんの地雷を踏んだんだろうか、と思い返して、それから少し前を行く堺さんを見た。ちらりと見える横顔には、特別の変化は見られない。
俺は少し考えて「そんなことないっスよ」
とキヨさんにフォローを入れる。
「別に堺さん、今、誰かに怒ってたりとかしてないっス。キヨさんの勘違い。第一、何にも悪いこととかしてないっスよねえ?」
「ホントか? けどさっきお前としゃべってた時さ、ちらってこっち見て。その目が氷みたいに冷たかったと思うけどな。いや、違う
んならいいんだ。そっちのがいいんだ」
キヨさんは俺の意見を採用したいらしい。そりゃそうだ。チームのベテランを怒らせるなんてことはできる限りない方がいいに決まってる。
俺は氷のように冷たいまなざしで堺さんに見られることは慣れっこになった挙げ句、今では冷たい視線の温度を測れる。ものすごくわかりづらいけど、冷たい視線といっても堺
さんの場合、種類が豊富だ。
目つきが悪いから全く問題のない種類のものと本当にヤバい時の境目が、素人には判断しづらい。
俺だって時々間違ってひどいことになる。
「さっきこっち見たのはたぶん……!」
前を行く堺さんが、一瞬だけこちらに視線を送ってくる。不意打ちにびっくりして身をすくませると、キヨさんが「ほらまただよ」と暗い声で言った。
「お前今の見ただろ? 俺、なんかやったかな。とりあえず謝り入れに行くかな。身に覚えないけど」
堺さんは周囲からの信頼が絶大で、その堺さんがディスるというのならそれには何か理由があって、なおかつ正しい。だから、悪いのはキヨさん。
ということに、キヨさんの懸念が本当ならばなるところだ。
けど。
「んー、今のはちょっと違うっスね」
「なにが? なにが違うんだよ、世良」
俺はなんだかにやけてくる顔を引き締めながら「違う、違う」と重ねて言った。
「堺さん、別に怒ってないっスよ。けど、ランニング中にしゃべってばっかだとその内ディスられるっス」
そう言って、主にキヨさんのために黙ってランニングを続ける。
また、ちらりと視線がきた。
それで俺はやっぱりにやにやしそうになる顔を引き締める。
堺さんは一見すると仏頂面でいつも怒ってるように思われがちだ。
基本がむっとしているから、ビビってると自分に対して悪意を持っているように思える。本当はそんなことなくても、特に後輩からは誤解されやすいのかもしれない。口数少ないって、損だ。
俺も昔は堺さんはいつも機嫌が悪いんだって思ってた。
けど。
なんというか、堺さんはわかりにくいようでいて実は結構、すごく、わかりやすい。
イヤなものはイヤだし、割と我慢と抑えが効かない。気になるものがある時は態度があからさまだ。
それでいて、子どもっぽいというのとはまた違うのだからやっぱり不思議で……そしてすごく魅力的な人だ。
「……さっき、走りながら何笑ってたんだよ。練習中だぞ?」
ランニング終わり、すっと堺さんが隣に来て低い声でそう呟いた。
俺は目をあげると、微笑する。
俺と一緒に走っていたキヨさんはとっくに逃げてしまって、こっちの様子を遠くから伺っている。
だから、ビビリすぎ。けど、そのおかげで二人で離せるんだから、俺的には全然OKなんだけど。
俺は、俺の大事な人をじっと見つめる。ホントはずっと眺めてたいけど、この人はそういうこともあんまりさせてくれない。
多分、すごく照れるからなんだろう。まあ、これは俺の希望。けど、あながち外してはないと思う。
だって、堺さんは俺を拒まない。俺のことを結構気にして見てくれてる。
今だって。さっきだって。割と、いつだって。
割とその辺をうぬぼれてもいいくらいにはもうこの人と俺の間には、絆とかできてるって思う。信じてる。
「別に、キヨさんとはどうでもいい話しかしてないっスよ?」
俺は静かに、だけどはっきりそう言った。
途端に堺さんの頬に朱がさす。
俺は心の中で、ビンゴ! と叫んだ。
ああ、すっげ嬉しい。マジ、嬉しい。俺、今最強じゃねえの? って思えるくらい嬉しい。
それでも堺さんはそうは簡単にはこっち側に来てくれない。
「別に……そんなこと訊いてねえよ。てか、なんだいきなり。意味わかんねえ」
「いえ……なんとなく、そう言いたくなったんス」
「お前、ほんっと意味わかんねえな!」
それはそれは怒ってる。ように、見えるけどこれは多分違う。
去年の俺ならこういう堺さんにブチ当たったら、気に病んで夜も眠れなくなったかもしれないけど、今は違う。
ホント、すげぇ、かわいい……
言いたいけど、それを言ったら多分今晩堺さんの部屋に入れてもらえなくなるから、俺はぐっと言葉を飲みこんだ。
「わかんなくてもいいんスよ。俺がなんか今すっげーそう言いたくなっただけなんで」
こういう堺さんには強く主張しすぎずに、逃げ場所を作ってやるのがいいって、俺は散々痛い思いをしてきて学んだ。
そりゃあ俺だってたまには学ぶ。
俺の人生にとって、サッカーと同じくらい重要なことだから、死に物狂いで覚える。
と、堺さんは苦笑して「変なヤツ」とあっちに行ってしまう。
俺はその背中を見てる。
表情なんか見なくてわかる。
今、堺さんはご機嫌だ
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