from S
俺の堺さんは本当にかっこいい。
ナイトゲームは光の洪水だ。
たくさんのライトが、フィールドに昼より明るい空間を作り上げる。
俺は、その中を走るのが大好きだ。
本当に大好きだ。
だけど、それと同じくらい堺さんが走るのを見るのも好きだ。
あの人は、俺みたいにがむしゃらに走っているだけじゃない。
ピッチ全体を見回して、敵の選手と味方と自分の位置を把握して、それで一番最善の場所を探して動いてる。
そういうの、すげぇかっこいいと思うし効率的だし、俺もそういう動きできたらなって思う。
すごく、思う。
去年はトップチームに上がれてはいたけど、ベンチ入りするのもやっとくらいだったから、俺は光る芝生の上を走る堺さんをずっと見ていた気がする。
赤と黒のストライプのETUジャージは、自分のチームながらかっこいいなと思ってる。
堺さんはかっこいいから、ETUジャージがよく似合う。素材がちょっと光沢があるものなので、動くと一緒にさらっと光って、俺はそれを見るとなんだかどきどきした。
選手が着ているジャージの素材は、当たり前だけど同じもので、俺にだって支給されているのに堺さんのジャージだけ、みんなと違う光を帯びているように見える。
堺さんはかっこいい。
俺も、あんな風に動けたら。
それが多分一番最初に堺さんを「特別に」意識した瞬間だったんだと思う。
それが一年前。
今の俺は、ジャージの下の堺さんの肌を知っている。触れるとどんな風に震えるか。どこにキスをすると声をあげずにいられなくなるか、知っている。
「俺、堺さんみたいなプレイしたいっス」
以前、試しにそう言ってみたら、堺さんは眉をしかめて「世良には無理だ」と言った。少し不機嫌そうな表情で、ぼそりと言われると結構傷つく。
「そういう顔すんなよ。俺が言いたいのはそういう意味じゃねえよ。お前がいろいろ考えてるコンマ1秒のタイムラグがせっかくのスピードに水差すから、そうしたら世良にとってはつまんねえことになるって言ってんだよ」
そう言われて顔をあげる。
堺さんはさっきよりもっとむっとした顔をしていた。けど、これは機嫌が悪いからじゃあ、ない。
「スピード持ってんだから。それ生かすこと考えろ。俺のマネしたからっていいことねえぞ。第一、お前は今のスタイルでチームにフィットしてんだから、面倒なこと考えずにできることやってりゃいいんだよ」
ほとんど説教されてるけど、フォローを入れたことに照れてるだけなのかな、と思ったら逆にうれしくなった。
「えへへ……」
「なんだよ。気持ち悪ぃな。俺は褒めてねえぞ」
ぶつぶつ文句を言われるけれど、拒絶じゃないのはわかるから大丈夫。
その証拠に触っても拒否られない。手で触り、唇で触る。
ほら、大丈夫。
ボールがラインを割った。
「……世良さん、交代っス」
椿に言われてベンチを見れば、いつからそこにあったのか、20と9の数字が書かれたボードが掲げられている。
アップを終えた堺さんが、ストライプのジャージに身を包んでストレッチをしながらこちらを見ていた。
遠くにいてもわかる眼光の鋭さは、この人が試合モードに入ってることがよくわかる。
目があった。
(あ……)
もちろん、俺はできるなら全試合フル出場したい。
堺さんにだってそこは譲るつもりはない。
だから、こういう時はやっぱり悔しい。
「……」
俺は頷いてベンチの方に走っていく。堺さんがじっとこちらを見ている。
近づいて、ただ視線を交わす。
「お疲れ、世良」「……っス」
短く交わす言葉の中には、二人きりの部屋に確かにある空気はみじんもない。
軽くハグしあって、堺さんに後を託す。交代の時に自然に交わすハグで興奮したことはない。
この人の身体に欲情する俺が、堺さんを抱いているのに浮かぶ思いは全くセックスとは結び付かない。
多分、このハグは恋人に対する愛情とは違うものを交換してるからなんだと俺は思う。
そうして、エッチもそれ以外のものも共有しあえる関係だってことに俺はいつだって震えそうに感動するんだ。
だから、堺さんとの交代はすごく悔しい反面、妙に高揚する。
「世良、よくやったぞ。あとは堺に任せて休んどけ」
「っス」
監督に声をかけられて、俺はこの交代が戦術的な意味合いのものだと悟ってほっとする。
交代はどんな時でも不安になる。
最初から「こういう作戦だから」と言われていても、自分がへまをしたんじゃないかって、どきどきする。
スタメンに大分定着してきたからと言って、今現在を含む今季の試合だけが俺の持っている実績の全てだ。もしもいきなり監督とフィットしなくなったらと思うといつも怖い。
ダウンを終えてベンチに行くと、あと十分ほど残っている試合のピッチに堺さんがいた。
後半の途中からの投入だ。当然フィールド内の誰よりも動かなくてはいけないと自覚しているのだろう。
だからなのか、運動量が通常より多いように思えた。
赤と黒のストライプに身を包んだ堺さんが、王子からの綺麗なパスを受け取った。
たちまち相手チームのチェックが入る。
「……っ!」
思わず息を詰め、球際の攻防に見入った。
果敢に攻めてくる相手チームのDFは中堅の選手で、次のタイミングではそろそろ代表に呼ばれるだろうと言われている筆頭だ。
当然、野心があるからマッチアップの相手に対する当たりも厳しい。
かわしてもかわしても、隙を狙って仕掛けてくる。
周囲は、と見ればこれもがっちりとマークがついていてパスの出しどころがない、といった状況だ。
うちは今、はっきりと調子がいい。リーグの順位では相手チームの方が上でも、万が一にでも気を抜けるわけがない。まだ試合時間は残っていて、得点をするにもされるのにも十分以上の余裕がある。
「チェック厳しいなあ。まあ、堺さんなら足元はあんまり心配しなくていいけど。持ちすぎてっとカットされっぞ」
隣に座っている同期の亀井がいらいらと呟く。
俺はじっとそれを聞いていた。
(違う。それは違う……)
光沢のある生地に包まれた身体が躍動している。背骨と背筋、肩甲骨の形がしなやかな布越しにわかる。
昼より明るい光を浴びて、輝く。
やっぱり、俺の堺さんはかっこいい。
それでもって、俺にはわかる。
今の堺さんは決して困った状況に追い込まれているわけじゃあ、ない。
(なんか、狙ってんだ)
そう思うと周囲のチームメイトの動きもいつもと比べて不自然な気もする。
もう少し堺さんのことを助けに行く。普通なら。
なら、今は?
俺はじっと固まって全身を目にしてただピッチの堺さんを見つめる。
あれは。多分……
「あ……」
亀井が息を飲む。
堺さんが引きつけていた相手を振りきって、飛び出そうとした。焦ったDFが堺さんのしなやかに光るジャージに思わず手を伸ばす。
ぐい、とショートスリーブの袖を捕まえる。
明らかなファールに、審判のホイッスルが高く鋭く響いた。
「FKだっ! 堺さん、やった!」
亀井が隣で叫んで立ち上がる。
俺はぽかんとして、堺さんの背中を見つめる。9の数字が、やけにくっきりとして映った。
「は……」
自然ににやにやしてきてしまう。
(これ、狙ったな……)
相手はそろそろ日本の代表の声があがってきている上り調子の選手だ。
性格的にはどちらかといえばアグレッシブで、攻撃に対する意識の強いタイプのDF。
堺さんのプレイは性格が悪いから、審判から見えないところで「ベテランの技」を多用したに違いない。
まあ、大概の人間は釣られる。前に「一番得意なのは相手のファール取ることだな」としれっと言っていたのは聞き逃してはいない。
監督の方をちらりと見ると、これも大人の悪い笑みを浮かべていた。
多分、あれが監督にもらった指示のひとつなのは間違いない。ぱちんとはまるとすぐこれだ。ベテランはすごい。
そんで、それを事前に予知できた俺も結構、すごい。だけどやっぱり、監督のプランを入ってすぐに実現してみせた人が一番……
「すっげ……」
俺は呟いて、それから立ち上がると大声で叫んだ。
「堺さん、すげぇっスーーーーーーーーー!! ナイスファイトっスーーーーー!」
と、ピッチの上の堺さんはやっぱりこちらに背中を向けたまま、ぐっと親指を立ててみせる。
「は……」
顔だけをこちらに向けて、笑いもせず、サインをくれた。
「……っ!」
それは、もうそれだけであと100回は堺さんに夢中になれるようなそういう横顔だ。
俺の堺さんはかっこいい。
ジャージに浮かぶ骨のかたちも筋肉も、なかなか俺のものになりきってくれないところも。
堺さんはそれきりベンチへのリアクションをせずにフリーキックの準備にかかる。
俺の堺さんは、やっぱり、すごく、かっこいい。
何度目になるのかわからない恋に落ちて行く自分を自覚しながら、俺はやっぱり何度目になるかわからないそのことを改めて確認した。
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