CHOCOLATE GUNS

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「あ、世良くん! ちょうどいいとこきた。こっちこっち」
 クラブハウスに忘れ物を取りに来たところを広報に捕まった。
「なんスか? 有里さん。俺、この後予定あるんスけど」
「ごめんごめん、ちょっとだけ。いいことだから」
 元気な広報はにやにやしながら世良を引っ張って事務所に連れていく。
(この後、堺さんと約束あんのに)
 本当は夕べ会うはずだったのだが「明日にしてくれ」と一方的に言われて流れた。
(今日練習オフなのに。オフ前夜だったのに)
 いろいろ計画していた身としては、ショックで忘れ物だってするというものだ。
 今日はリベンジのつもりでいる。釣り餌に用意したのはETUのライブラリからダビングしてもらった達海が出場している代表試合のDVDだ。
 代表のゲームメイクまで司っていた男のプレイは記憶にはあるものの子細まで覚えているわけではない。達海体制2年目のシーズンを迎えるにあたって、一度くらいちゃんと見ておくのもいいかもしれないと、思った。
(それは、本当)
 堺を誘ったのはもちろん下心があるからだ。向こうだって世良が自宅に誘う意味を理解していないわけがない。と思う。
 とはいえ、代替え日がオフの今日なら問題はない。

 今日は……実を言えば今日の方が、昨日よりは世間的には圧倒的に特別な日だ。

「世良くん、聞いてる?」
 ぼんやりそんなことを考えていたら、有里の最初の方の言葉を聞き逃していたらしい。
「あ、すんませ……って、これ、なんスか?」
 示された段ボール箱には、でかでかと『世良』と自分の名前が書かれた紙が貼ってあり、色とりどりのきれいな包みが山盛りいっぱいになっている。
 思わず有里を見ると、にっこり微笑み返された。
「これ、今日までに届いてる世良くんへのバレンタインのプレゼント。まあ、明日以降もまだくるとは思うけど、一応ね。去年と比べたら10倍? もっとかも」
「う……わぁ……」
 赤、青、黄……きらきらと輝くラッピングに目がくらみそうだ。
「すっげぇ……これ、俺にって、マジスか?」
「マジ、マジ。世良くん去年大活躍だったしね。まあ、妥当でしょうこれくらい」
 まるで自分がもらったかのように、自慢げに有里が胸を張った。
「仕分けはこれからだから手紙やカードはともかく、モノを全部渡すのムリだしね。写真撮って見せるつもりだったけどこういうのって実際見た方がうれしいじゃない?」
「あざーっス! すっげ、今あがりました!」
 そして、同じ室内にある他の段ボールに目をやる。複数の箱に『赤崎』と書かれた紙が貼ってあるのが最初に目に入ってちょっとむっとした。
(やっぱ、五輪効果かよ……)
「……今年は一気に総領増えたわー。やっぱりチーム活躍すると違うわ」
 有里はやっぱりにこにこだ。
「こう見るとやっぱ、コシさんが一番なんスね……4箱ってすげぇ。王子宛のが案外ないのが意外っス」
 ジーノが当然一番獲得数は多いと思っていたのだが、段ボール1箱に収まっている。
 有里は苦笑して首を振った。
「王子のは別室。多すぎて他の選手と一緒に仕分けらんないから、先に王子とそれ以外に分けたのよ。そこにあるのは仕分け漏れ分。今年は最高記録あっさり更新よ。面白いからプレゼントの山バックに明日撮影させてもらうつもり」
「ああ……そっスか」
 世良は苦笑した。さすがにETUのファンタジスタは違う。
 それから横目で、その人の名前を探す。
(うわあ……俺の、倍くらい?)
 男のサガで、どうしても数量勝負を無意識にしてしまう。
「堺さんのファンの人って、なんか美人が多いのよねえ」
「うぇ?」
 有里がふむふむと頷きながら言う。どうやら世良の視線がその名前を捉えていることに気付かれてしまったらしい。
「王子のファンは多すぎていろんなのがいるけど、堺さんファンはなんかこう、こんな人がサッカー選手にわざわざチョコ届けにきちゃうの? って感じのタイプ各種取りそろえてます、って感じ」
 つまり、個のレベルが高い。
 そう思うとラッピングが他の箱のそれらよりもぐっと上品で高価そうに見えてくる。
 敵は多い。
(いやいや、負けんな俺)
 心の中でぐっと拳を握りしめ、世良は「じゃ、俺もう行きますんで。あざっした」と頭を下げた。
「あとでバレンタインプレゼントくれたサポーターへのコメント。みんなにアンケート用紙回すから手書きでちょうだいね」
 有里の声が後から追ってくる。
 自分あてのチョコはものすごくうれしかったが、堺ファンの話を聞いてしまったのは少し余計だったかなと思った。
(平気、平気。この後堺さん来るんだし。一緒に監督のDVD観て、メシ食うんだ)
 すぐしょげそうになるのは自分の悪いクセだ。
 マンションの自分の部屋まではエレベーターであがる。 扉が開くタイミングで吹っ切ろうと、決めた。
(1、2、3……っ!)
 一回、目を強くつぶってベルのタイミングで開く。
「……わ!」
「わ、じゃねえよ。どこ行ってたんだよ世良」
 堺が目の前に、それはそれは仏頂面で携帯を片手に立っていた。今にも世良にクレーム電話をいれるところだったらしい。
「な、なんでいるんスか? 堺さん……」
 約束まではあと2時間はある。どうしてここに今、堺がいるのかわからずに世良はそう尋ねた。
「なんでじゃねえよ。今、何時だよ?」
「……10時、50分」
「社会人なら、10分前集合が常識だろ」
 大真面目な顔をして堺は言った。
「え……でもまだ2時間以上あるんスけど……約束した時間」
「何言ってんだ? 11時だろ?」
「……いえ。1時っス」
 一瞬イヤな空気が流れた。
「11時だ」
「1時っス。昨日、昼メシ時間ずれますけどどうするっスか? って訊いてるし」
 昨日のあわただしい会話を思い出して世良は言う。
「……」
 堺の表情がゆらめく。どうやら思い出してもらえたみたいだ。だが、そこを指摘して勝ち誇ると、最終的に後悔するのは世良だとわかりきっている。
 それで、あわてて話を逸らす。
「あ、でも待たせちゃったのは同じっスよね? すんません。ちょっと、クラブハウスに忘れ物取りに行ってたんで」
 今日は貴重なオフで、約束よりも2時間も早くに堺が来てくれることに何の文句があるわけもないのだ。思っていたより2時間も長く堺といられる。
「忘れ物?」
「っス……えーと、そんなたいしたもんじゃないんスけど。あ、これ昼メシっスね? すげー、なんスか?」
「ああ……チラシ寿司だ。それと、あなごだけ別に焼いてもらってきた。吸い物はインスタントだけどな」
「おー、美味そう。堺さんグルメっスよね」
「どうせ食うなら美味いもんのがいい、ってだけだ」
 連れだって世良の部屋にあがる。
 夕べとりあえず片づけておいたが、堺は「相変わらず汚ねー部屋だな」と辛口評価だ。
 それでもローソファの右側にちゃんと座ってくれる。世良は自分の部屋に収まる堺を見てにんまりした。
「さっき、クラブハウス寄ってきたって言ったじゃないスか。有里さんに俺宛のバレンタインのプレゼント見せてもらいました」
「……ああ。たくさんきてたか?」
 堺はチラシ寿司を世良のもってきた取り分け皿に盛りつけながら言った。
 世良は椀に粉末を溶いただけの吸い物を並べながら苦笑いする。
「堺さんのが多かったっス。しかも、なんか高そうだったし」
「ああいうのは値段じゃないだろ?」
「そうなんスけどー……あと、有里さんが堺ファンはびっくりするような美人が多いって……言ってました」
 ちらりと見ると、堺は心底あきれ果てたようにため息をつく。
「お前はばかか? いくら美人だからってサポーターに手をつけられるわけないだろ? ま、悪い気はしないけどな」
「いやあ、やっぱ俺的にはちょっと……ダイレクトで堺さんモテるとことか見ちゃうと焦りますよ。なんか美人の本気チョコの数々にあてられたっていうか……」
 何も反応を示さない堺にため息をつくと、世良は降参してクラブハウスにわざわざ取りに行った荷物を持ってくる。
 それはきれいにラッピングされた小さな包みだった。
 ソファの隣に腰を下ろすと、神妙に堺に差しだした。
 意外と緊張するものなのだな、と世良ははじめて知った。
「ええと……これ……堺さんあてのプレゼントの中にまるっきり同じ大きさと包装紙のチョコあったんで。既にかぶってますけど……バレンタイン」
 堺はチョコの包みと世良の顔を見比べてぷっと吹き出す。
「なんスか? なんで笑うんスか? 超恥ずかしかったのに、それ買うの。でもまあ、一応? つきあってっし? イベントは大事にするのって俺のポリシーだし?」
「これ、昨日持ってきてたのか?」
「っス。そんで、堺さんにドタキャンされたショックで忘れてきました」
「そりゃ、だってお前……」
 堺は笑いながら世良がくれた包みのリボンを解く。有名なチョコレートショップのトリュフ詰め合わせである。
 世良は「高いチョコレート」といえばここの名前しか知らなかった。
 堺は目を細めて、ハートの形をしたチョコをひとつつまむと口に放る。
「チョコは栄養源として優秀だからな。美味いよ」
「俺の愛、って言ってほしいっスよ。まあ、愛かぶってましたけど」
 世良がむくれて言うと堺は笑った。
「お前わかってないだろ? 高価な生チョコは賞味期限が短くて、俺んとこに来るまでにだいたい処分されてるぞ?」
「え? 手作りと生モノがNGってだけじゃないんスか?」
「賞味期限が切れてるのは当たり前だけど、手元に来た時点で残り少ないのも念のためはねられてるぞ」
 ではあのきらきらした本気感満載のチョコたちの多くは堺のところには届かないと言うのか。
(それはそれで気の毒なような……)
「けど、お前のは俺のとこまで届くからな。ちゃんと食える」
 世良は頷いた。堺は笑って顔をのぞき込んでくる。
「んで? お前のとこのチョコはどうだったんだよ?」
「まあ、堺さんや別部屋用意の王子からすれば少しですけど。去年からは何十倍ももらいました。うれしいっス」
 堺は目を細める。
「お前にチョコなんか送る物好きはどんな女の子なんだろうな」
「さあ……かわいいといいっスよねえ。有里さんもまだ傾向つかめてないっぽくて教えてもらえなかった……」
 まるで他人事のように世良は言った。堺はその言葉に微笑する。
「ほら、俺からだ」
 実を言えば今日堺に会えるのは、すごくうれしかった。
 夕べドタキャンされたのはちょっとへこんだが、今日あえるのならいいと思った。
 世良の咥内に甘いチョコレートの味が広がる。

 バレンタインデー。

 それは恋人に贈る本命チョコの、一番正しい贈り方かもしれないと世良は思う。
 唇が離れて、世良は言った。
「けど、俺は本命一筋っスよ。ファンの人の気持ちはありがたいけど」
 堺はそのことについては何も言わない。
「ほら、チラシ寿司食うぞ。あ、監督のDVD流せよ。いつのダビングしてもらったんだ?」
「最後の2試合分ス。どっちから観ますか?」

 今日はバレンタインデーだ。

 まだまだ時間はたっぷりある。ここは世良の城の中で、並んで座るタイプのローソファは堺との距離をいとも簡単に引き寄せてくれる。
 世良が堺に用意したチョコはまだいくつか残っている。堺の元まで届く、それは媚薬だ。
 きっと自分はその全てを堺と分けあって味わうのだろう。
 その度にひとつひとつ丁寧にスイッチが入る。
 そうして世良は今日、チョコよりずっと甘いものを手に入れられるのだと確信する。
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