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「そーいや、言ったことなかったかもしれなかったっスけど。俺がプロになろうって決めたの、堺さんのおかげなんス」
「俺なのか? 意外だな」
 堺の車は、居住性を追求しまくった末の国産3ナンバーだ。アクセルを踏むとすうっと水の上を滑るみたいに静かに加速する。
(今日はツイてる)
 まんまと練習後の堺を捕まえて、あまつさえ助手席をゲットした。
 今日は多分、このままマンションへ直行で決まりだ。
 このコースは普段、なかなか確保できない。
(やっぱ、出会いがしらにぐっと押しこむのがいいのかな。またこのテ使えっかな?)
 わかっている。
 堺は、まだ躊躇しているのだ。

 世良を特別だと認めることを。
 世良と寝ることを。

 カーナビの液晶は、ちょうどCMから次の番組に変わったところだ。夜遅いニュース番組は、スポーツから芸能まで幅広く扱っていて便利だ。
 トップニュースは政治経済を押しのけて、梨園の御曹司とかねてから噂になっていた女性タレントが婚約を発表したという話題だった。
 堺はまるで内容を観ていないようで、まっすぐ前を向いてハンドルを握っている。
 女性誌のモデルからタレントに転身した今夜のニュースの主役は、誰もが認めるすらりとした素晴らしいスタイルの美人で、恋多き女として名を馳せている。ついに彼女を射止めたのが歌舞伎界の若きプリンスだということで、大きな取扱いになっていた。
 世良は真っ赤なドレスを華麗に着こなして微笑む彼女を見つめた。
「俺、高校生の頃密かにこの人のファンだったんスよね」
 当時の彼女はまだ可憐な部分も残していたように思う。今はなんだか、威圧的な感じがして空母でも眺めているような気持ちになるのだが。
「ふうん……」
 堺はやっぱり気のりしなさそうな声で応える。
 世良は隣でハンドルを握る男をじっと見つめた。
「……何年か前、堺さん、この人とウワサになってましたよね?」
「かもな。もう昔のことだ」
 それでキレた。
「……だーッ! もう、悔しいっス!」
 堺があまりにも冷静だから、すぐに我慢がきかなくなる。
 世良はシートベルトで拘束されたままじたばたともがいた。
 隣で大声をあげる世良を「うるさいよ。運転に集中できないだろ?」と堺はイヤな顔をして見た。
「ホントなんスか?」
「なにが?」
「この人とつきあってたのって、ホントなんスか?」
 大輪の薔薇みたいに微笑む彼女と張りあえそうな部分は世良には皆無だ。昔のオンナと比べられるのはあまりにも不利すぎる。
 堺は苦笑した。
「……どうだったかな。忘れた」
「そういう言い方されっと! なんか切なくなるんスよー。だって俺、どんなにがんばったってその頃の堺さんを知る方法ないじゃないスかー」
「そりゃ俺だって同じだろ? 世良の高校時代のことなんか知りようがない」
 堺の言葉に世良は色めきたった。
「知りたいっスか? 堺さん? 俺のこと、知りたい?」 身を乗り出すようにして言うと「危ないからこっち迫ってくんな」と追い払われてしまう。
 一瞬、車内に沈黙が生まれた。
 街灯がさあっと堺の横顔を照らしていくのを、世良は少し恨めしげな瞳で見つめる。
(堺さんの歴代彼女って、なんか美人系ばっかだって……タンさんも言ってたし)
 今向かっているのは堺のマンションで、着いたら多分堺の手料理を御馳走になって、そのまま堺も御馳走になる。予定だ。
 なのにこのタイミングで元カノ疑惑のある女の婚約のニュースを観るなんて最悪すぎる。
(俺、比べられても戦う武器ねーよ)
 当たり前の話だが、こればかりはどうしようもない。

「……プロになるって決めたの、俺のおかげって」

 しゅんとなっていると、堺がぽそりと言った。走りが静かな車でよかった。
 世良の愛車の中だったらエンジンの音がうるさくて絶対に聞き取れなかった位の声だ。
「……堺さん」
「そこらへんなら、ちょっと」
 それだけで世良は東京タワーのてっぺん辺りまで浮上できる。
「俺、話します! 聞いてくださいっ!」



 つきあう女は身長155センチ前後と決めていた。
 いや、決めているわけではないが自己防衛本能が働くのか、自然とそうなっていた。
 ヒールを履かれても世良より目線が低い。かわいいコの方がやっぱりいいから、自然と「世良の好みってロリ顔の巨乳だよな」ということになった。巨乳好きというのは完全に誤解だ。
 実はホントのど真ん中はそこじゃない。
「う……そ……」
 その朝の芸能ニュースは三番手扱いくらいの微妙なところで最近売り出し中のモデルとプロサッカー選手との熱愛を報じていた。
 高校生の時だ。
「マジ、で? だってこいつ、ETUだぜ? 二部なんだぜ? 東京ヴィクトリーとかならわかるけどさー!」
 女性誌から最近バラエティに進出してきたそのモデルはすらりとした長身に完璧なレッグラインのクールビューティーだった。すました受け答えが「天然キャラ」だと持ち上げられている。
 正直、世良の好みのど真ん中だった。ちなみに、身長は公称で世良より10センチほど高い。
 相手は低迷続くジャパンリーグ二部の若手FWだと、朝の芸能ニュースでおなじみのアナウンサーがにこやかに告げていた。
「なんだよ、プロサッカー選手なら二部でもモデルとつきあえんのかよー!」
 ぎりぎりと悔しさに地団太を踏む。
 写真は試合でいいゴールを決めた時のアップだろうか。男前が弾けるように笑っている好感度抜群の写真だ。つきあっている女の格さえ上がりそうな。
 世良はぎりぎりと歯がみした。
「しかもこいつ、なんか、好青年って感じ? 堺、堺、堺ぃ?……あんま知らねー選手なのもムカつくー! プロずりぃ!」
 母親が呆れ果てて「なら、なれば? プロ選手」とひらひら手を振った。
「なる。絶対、なる。だって堺って俺と同じFWだし」
 特に手段は思いつかないが、世良はそう宣言した。
 テレビの画面には

イースト・トーキョー・ユナイテッド 堺良則選手

とキャプションの振られた別カットの写真が映っている。
 サッカー小僧で、朝から晩までサッカーばかりしていた。
 だから当然、ETUの堺の名前なんか知っていた。
 だが、自分とはプレイスタイルが全く違うFWを強く意識したのはこの時が最初だったと世良は思う。



 今までつきあってきたのは身長155センチ前後のかわいい系ばかりだった。
 高校最後の年に奇跡的に声をかけられてプロの世界に足を踏み入れてからでもそれは同じだ。
 だけど、ホントのど真ん中はクールビューティー系なのだ。ちょっと冷たい感じがたまらない。攻めて、攻めて、落としてみたくなる。
 それはたぶん、常に前へ、前へ、とがつがつ難攻不落の敵陣に攻め込む感じが何より好きな職業病なのだと思う。
 いや、元からこういう性格だからFWなのかもしれないが。
(だから、なんか納得なんだけど)
 身長174センチのゴール前でも沈着冷静、クレバーなタイプのFW。しかも9歳年齢上。
 なにより、同性。
 どう考えても、世良の人生一番の難攻不落の相手だ。
 さすがに高校生の時、自分がここに行き着くとは想像もしていなかった。
 そういえば、歴代の彼女はみんな同じ年齢か年齢下だった。
 それだけでまた難易度があがる。
 鉄壁のディフェンスに阻まれているような気分になる。
 だが、それが燃えるのだ。
(いっちばん決めにくいコースのゴール、決めたいってのはもう宿命だよなあ)
 世良は遠くの空を見上げてため息をつく。

「なんだおまえ、ため息とか気持ち悪い」
 すぐ隣で堺が笑った。
 世良はその事実だけでまた浮上してしまう。
「いえ、俺、大人になったなあって思って」
「大人? どこがだよ。お前の基準って甘いのな」
「そーっスかぁ? でも、大人になったからこうしてホントだったら手の届かない人に突撃する勇気持てるようになったっていうか。好きなモンは好き! だから仕方ない。って分別がつくようになったっていうか」
 堺は苦笑した。
「お前、前から思ってたけど日本語の使い方絶対的に間違ってるよ。普通は子どもの頃の方が後先考えずに突っ込んでくもんだろ?」
「俺の場合は逆っスね。子どもの時のがイキがって、がっちがちに武装してたから。今は……必死っス。なんでもかんでも、自分にできること全部、全力でやんなきゃダメだって思ってるからですかねー」
「全力、必死、ね……お前らしいわ」
 世良は「あざーっス!」と笑って、堺にすり寄った。
 抱きあったばかりの肌に、直接触れる。
(固い……皮膚の下全部筋肉なんだ)
 それを確認したら、また興奮してくる。不思議だ。柔らかさとも甘い香りとも対極にある身体なのに。
 堺が選ぶ寝具は、シーツもケットも肌触りが最高だ。だが一番触り心地がいいのは、この鍛え上げ念入りにメンテナンスされている身体で間違いない。
 指で触れ、堺の筋肉の存在を確かめる。
 ぞくぞくするほどキた。
 さらりとしたシーツの中を移動して、堺の上にまたがった。
 見下ろすとひどく世良は気分があがる。堺は苦笑した。
「コラ。今日はもうやんねーぞ」
「くっついていたいだけっス。だって今、堺さんは俺のだし」
 堺はまた笑う。
 いつも欲しいと思っているのに、なかなか簡単にはもらえない笑顔だ。

「すげー、好き」

 組敷いた人は、複雑そうな顔をする。
「お前、モデルとつきあいたくてプロサッカー選手になったんだろ? 二部のプロでつきあえたぞ? 一部のスタメンならなんとかなるんじゃないか? なのにモデルの元カレとできてどーすんだよ?」
「こーゆー時にそれ言わないでくださいよー! それはきっかけ! 言ったでしょ? きっかけ! 今は堺さん一筋っス。見ててわかんないんスか? 第一、こんなクールビューティー他にいるわけないっしょ?」
「ホントに恥ずかしいヤツだな。クールビューティーとか真顔で言うな」
「うううう……ッ!」
 世良は仕方なく、堺の口を唇で閉じる。
 深く長く、そのまま夜の続きがはじまりそうな熱を帯びたキスを、堺は案外早く受け入れてくれた。
(舌……応えてくれてる……!)
 喜びが泡のように後から後から生まれては爆ぜる。はじめての恋ではないのに、堺と過ごす時間は一瞬一瞬が新鮮で、わくわくする。
 唇がはずれても、唇を甘く何度も噛む仕草を繰り返す。
「これが、俺の好みのど真ん中。プロになってよかったっス。ようやく一番を落とせた」
「お前、それがプロになった理由だなんて間違ってもインタビューで答えたりすんなよ? 俺もがっかりしたけど、子どもの夢は壊したらダメだ」
 堺は首筋に挑みはじめた世良に「痕つけたら殴るからな」と釘を挿しながら言った。
「あなたがプロになったきっかけです。ってのを聞いて、こんなにがっかりするとは思いもよらなかったよ。普通、プレーにあこがれたとかなんとかあるだろ? そうじゃなくたって、少しは気を利かせろっての」
 こつりと頭に拳を落とされる。
「でもそれからは堺さんのプレーはちゃんと注目して観てましたから。すげー、いいFWだなって思ってました」
「今さらフォローはいらねーよ」
 世良は笑いながら「ホントっス」ともう一度唇をもらいにいく。
 また少し長いキスになった。
 積極的に応えてくれるくせに、堺はまだ文句を言いたいらしい。
 濃厚なキスの後とは思えないほど不機嫌な表情で宣言する。
「第一……ふざけんなよ。俺はまだ世良になんか落ちてねーよ」
 もちろん、そんなことを言われたくらいで凹むようにはできてはいない。第一、何を言われたところで今、堺を組敷いているのは世良だ。
 だから、難攻不落のゴールを前に、世良は笑える。
「いいっス。ちょっとやそっとじゃあきらめませんから。俺、スタミナありますから」
 世良はそう言って笑ってみせた。
 堺はやっぱり苦笑して「やれるもんならやってみな」と小さくつぶやく。
「はい! やってみせるっス!」
 朝の光が部屋に挿しこむまでにはまだ大分間がある。
 二人ともそれを十分理解できる程には大人だった。
 再びベッドがきしみはじめるまで、時間はそうはかからない。
 さっき見たニュースのことなど、もはや二人の頭には残っていなかった。
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