【preview】petit×chibi!!
(あー。だめだなありゃ……)
あの千葉の二十八番、あいつは名前をなんといったか。あとで確認して呪っておこう、と堺は心に決める。
対千葉戦も佳境に入った後半のことだ。
厳しいマークが前半からついていた世良がパスを受けてマッチアップの相手と向き合った。
世良より大分上背のあるあの選手は名前を何と言ったか。
とにかくそいつが、ピッチで世良に向かって短くはっきりと何か叫んだのが目に入った。相手が何を言ったのかベンチからではさすがに唇の動きまでは判別できない。だが、その瞬間に世良の毛が逆立ったのはわかったので、大体何を言われたか察しがついた。
(……最悪だ)
後半から選手交代を告げられて堺の不機嫌は絶好調だったが、ピッチで何が起きたのかを把握した瞬間、怒りの矛先は監督から相手チームの二十八番に移った。
上背のある強面の選手は、見た目だけで世良が顔をしかめそうな雰囲気がある。基本的に自分より身長のある相手はそれだけで「敵っス!」と言ってはばからない。そうやって口にするからチーム内で弄られるのだが、全くそのことに気付いていないのが世良恭平という男である。
ともかく今日に限っては対戦相手という以上に、堺にとってもあの二十八番は怨敵だ。呪ってやりたい。
ただでさえ気分が悪いのに、この上面倒なことを押しつけられることになったこちらの身にもなれ、と言いたい。
堺はそのまま視線を世良に合わせる。
あからさまに、怒っているようだ。
やれやれ、とこの後のことを思って堺は顔を覆った。それから指の隙間からの狭い視界の中にいる世良に向かって念を送ってみる。
(こうなったらゴール決めろ、世良。その方がまだマシだ)
サッカーの試合において、興奮した選手がピッチ上で罵詈雑言を吐き散らすのはまあ、お馴染みである。時には深刻な問題へと発展しかねないから、何もかもを容認することはできないが、少なくともゲームの最中は割とろくでもない会話が飛び交っているのは日常茶飯事だ。いちいちつっかかっていては試合が進まない。こんなこと、何もサッカーだけに限った話でもないだろう。
だが。
(あー、だめだ。マジでだめだ。怒りオーラ出てやがるあいつ……)
誰にでも禁句というものは存在する。
例え自ら日頃自虐的に口にしていたとしても。他人がそれを口にするのは絶対に御法度という禁忌の言葉は確実に、ある。
世良の場合はアレだ。
(……言われたな、あれは。確実に。間違いねぇ)
世良はどちらかと言えばチームの中でもいじられ役だから、チームメイトたちはそれがどんなに禁断の台詞なのかを頓着せずに気軽に発することは日常茶飯事だ。
だから、対外的には売り出し中のETUの若手FWがそれをそんなに気にしているとは思われていない。理解している者はほんのわずかで、恐らくチームメイトの中では堺が最も本音に近い心情を把握している。
そう、本当にチームメイトたちは愛すべきFWに向かって全く悪気もなく言ってしまうのだ。
頭をわっしわっしとかき混ぜながら、笑って、親愛の情を込めて、言うのだ。
言ってはならないあの言葉を。
世良は笑顔で「ひどいっスよぉ! 気にしてんのに!」と抗議する。一見して気にかけている様子はないが、実はかなりキている。
小さい頃から体育会系一筋で生きてきた世良は基本的に「先輩にキレる」という頭は持っていない。だからひきつった笑顔で「もう、言わないで欲しいっス!」と訴えるが、その実ものすごく、キている。
キレている証拠はそういうことがあった日、速攻で堺の携帯に入るメールをみればわかる。
今日、会いたいです
短く熱のこもったリクエストだが、単なる恋心以上に世良が精神的に乱れている時の特徴が著しく現れている。堺にはわかる。
いつもの世良なら、うっとうしいくらいに文法も日本語の作法もムシした長文と絵文字とが飛び交う解読困難なメールをよこす。会いたいならそれだけを伝えればいいのに、とにかく世良のメールは常に、長い。堺は、もらったメールの九割を流して、世良が伝えたかったことの核心を読みとるスキルがここのところ急上昇中だ。
基本的に世良は堺にベタぼれだし、その事実を自惚れでなく受け入れることに最近は抵抗がなくなってきた。
こちらが巧くコントロールするまでもなく世良は堺の立場や世間体をちゃんとわかっていて、気にかけてくれる。つきあい出す前よりも今の方がむしろ、堺に対しての表面的な態度はきちんと『一番尊敬している先輩』というセンを守っていると思う。もちろん世良のことだから、時々はまあ、行きすぎる場面もないわけではないが、許容範囲だ。堺の厳しい基準をもってしても『許容範囲』とジャッジせざるを得ない位には、許容範囲なのだ。
その代わり、他人の目がないところでは遠慮を捨てるのが世良の流儀らしい。
あまりにもまとわりつかれて閉口することも多々あるが、他人がいればすっとスイッチを切り替えるから文句も空回りしがちだ。
「誰も見てないからまあいいか」といういいわけは堺の鉄壁のはずのガードをゆっくり、ゆっくり緩めていく。
プライベートで届くメールがたとえどんなに目がちかちかするような画面でももう「そういうもの」と受け入れている。どうもそういう部分での譲歩が徐々に広がっていることはとりあえず脇に置いてある。
世良のメールは鬱陶しくてちかちかしているもの。そういう風に決まっているのだ。
なのに。
今日、会いたいです
時折届く、セオリー無視のこういう一行メール。この場合は。まず間違いなく。
(今日はつまり、アレってことか……クソ、あの二十八番今度どこかでマッチアップすることがあったら泣かせてやる)
呪いの言葉を心の中で大量に吐きかけて、世良の背中を見た。
今日は多分、試合が終わってからまだロッカールームにいる位のタイミングで、堺の携帯には短い用件だけのそのメールが届くだろう。
「……」
堺は再び顔を手で覆う。
試合の高揚感とは別に身体の芯がかぁっと熱くなるのを感じた。
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