【preview】OVER
真夜中、ふいに目が覚めた。
「……?」
見れば、隣で堺が寝返りをうったのだとわかる。
世良は一気にこみあげる甘い気持ちのまま、こちらを向いた年齢上の恋人の寝顔に見入った。
正直なところ、自分でもこの事態は意外で不思議だと未だに思っているのだが、それはそれは壮絶ないきさつを経ていざ堺とつきあい出してみたら、今のところ結構上手くいっている。気がする。
まだほんのわずかしか重ねていない時間。だが、順調だ。
こうして堺の部屋に泊まることもそう珍しいことではないし、抱き合って、同じベッドで眠りにつくことを、最初からごくごく当たり前のように許された。
つきあいはじめて知ることが多い堺の人となりや癖や、生きていく上での作法は全て世良にとって新鮮な驚きと喜びに満ちている。
恐らく他人から見れば逆の印象だろうが、世良は比較的眠りが浅く、反対に堺の眠りは深い。
一度寝入れば、ちょっとやそっとでは眠りの国から呼びもどすことはできない。
抱き合った後はいつも、水底に落ちていくように寝入り、静かに呼吸を繰り返す。一晩に何度も目が覚める性分の世良は、目覚める度に眠る恋人の顔をただじっと見つめながら、再びやってくる優しい眠気をのんびりと待つことが多い。
世良と同じベッドで熟睡している様子を見れば、ただでさえいつでもあふれ出すような愛しさがとめどなく湧きあがってくる。
柔らかな闇の中で堺のまつげの長さを目で測り、意識がある時とは真反対の素直な寝息にときめく。
堺良則という人は、近づきがたい先輩選手としてやや敬遠すらしながら見ていた時の印象とは違って案外単純だ。
気に入らないことをされると眉間に一本縦じわが入る。深ければ深いほど不快指数が高いというわけで、世良はちょいちょい堺の縦じわを気にすることにした。
そうしていれば割といろいろなことが上手くいく。
怒るときは瞬間的に沸騰する。それから、そういう大人げない自分をちょっぴり恥じているのか少し黙る。慣れない内はその沈黙が激怒のあまり声を失っているのかと焦ったが、そうではないことに気づいたらその沈黙すら堺の美徳のひとつに思えるようになった。
まるっきりのベタ惚れだ。
恋をした時にはいつでもまっすぐ相手に気持ちが延びていくし、恋人関係でいる間は大概相手に夢中になる方だがこの恋はその深さが底知れない。
どこまでもどこまでも恋に落ちていく。
世良は見飽きることのない寝顔に、誰かを愛おしいと思うとはこういうことなのだろうかとしみじみと考える。
そんなことは今まで自分の中に見あたらなかった部分で、堺と過ごすことで自分の中に現れたこの変化すら好ましいことに感じてしまう。
本当にベタ惚れなのだ。
(堺さんは……どうなんだろう?)
自分と一緒にいることを選んでくれたこの人の中にも何か、世良とつきあうことで訪れた心の変化はあるのだろうか。
堺自身は案外短気でわかりやすいものの、完成された大人で、もう他人の影響を受けることなどありえないほど盤石に見える。
そういう人が、自分とつきあうことでいい方向に変わっていく自分を見つけられていたとしたらとても嬉しい、と世良は思う。
(いや、変わらなくてもいいっスよ? 俺といてなんか落ち着くとかときめくとか嬉しいとか……そういうの、ありますか?)
部屋を包む優しい薄闇の中で、世良はじっと堺の寝顔を見つめていた。
鎖骨の付け根にほんのひとひら。
世良が堺につけることができた痕跡は見る限りそれだけで、それはやっぱり少し物足りないかもしれないなと、望外の幸福の夜に世良は思う。
眠る堺を万が一にでも起こしたりしないように、そっと世良は指を伸ばした。
薄い闇の中でもそれとわかる先ほどの濃密な時間の痕跡に触れ、また満ちた。
そうしている内に再び、心地よい眠気がゆっくりと世良の上にも訪れる。
外は真夏の夜。
夢にも似た時間が二人の空間に流れている。
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