【preview】告白の行方
「……本気だ」
言った瞬間の世良の絶望的な表情が突き刺さる。
それでも、言ったことをなかったことにしたくない意固地な心の方が強い。小さな頃から親や教師によく注意された。堺良則くんはもう少し柔軟なものの考え方をした方がいいですね。と。
わかっているが、それができたら苦労はないのだ。
「俺は世良のことを、そういう意味で好きだと思っている」
「さ……かいさ……」
世良の顔が真っ赤になる。これで、もう聞かなかったことにはできなくなった。追い詰めるつもりはなかったが、結果としてそうなっている。
悪いことをしている、そういう自覚と少なからず堺が自分の気持ちに悩んだ日々を、世良の耳まで真っ赤にした様子が報いてくれたように思える嬉しさがある。
「そんな顔すんな。別に、俺は世良とどうにかなりたいとは思ってな……いや、少しはあるけどな、それはまあ二番めだ」
「ど、どうにかって……なんスか?」
目が怯えている。
胃の底に冷たくて重いものが流し込まれた気分になった。
(だから、お前が今、びびりまくってることだよ)
性愛の対象として世良に好意を持っている。
それに気づいた時の堺の混乱はひどいものだった。
自分が見知らぬ生き物になってしまった気がして、いたたまれなかった。
だが、目は勝手に世良を追う。耳が声を聞きたがる。手がこの男に触りたいと喚き散らす。
気がつかなければよかったと思い、だがもう遅いと自分に絶望する。
「安心しろよ、世良のこと襲ったりとかありえねえから。俺がそんなことするキャラじゃないことくらいわかるだろ? 第一、もういい大人なんだぞ? 見境なくのべつまくなしサカってるようなガキと一緒にすんな」
「……あ、はい。スンマセン」
世良がしゅんと項垂れる。そういう態度になるということは(やっぱりそっちに怯えてたのかよ)と情けなくなるが、いきなり男から……しかも自分よりも体格のいい男から真剣に告られたら、身を守らなくてはいけないだとか、そういう思考になるのも仕方ないだろう。
(……チクショ)
なんとなくいじめたくなる。
「もちろん、やらせてくれんなら構わないぞ? 実を言えば俺も本当に、お前の裸とかを見て勃つものかどうか知りたい。あ、俺は別につっこまれる方で構わないぞ?」
「……っ!」
言った途端、世良の顔色がひゅっと青ざめる。それで、また後悔が増す。
「……だからお前の意思がないのにそれはしないって言っただろ? ……別にやぶさかじゃあ、ないってだけだ。けどな。でもまあ、ほんとにそこは一番重要なとこじゃないんだ」
「えと……じゃあ、なんなんスか? 一緒にランド行きたいとかドライブとか温泉とか行きたいってことじゃ、ないっスよね、さすがに」
「……違うな。なんだろうな、俺もわからん。ただなんていうか……言っておきたかったんだと思う」
堺が真面目な顔をしてそう言うと、世良はため息をついた。そうしてうつむいて数秒。
それから、頭を掻き毟って身もだえる。
「……どうした?」
「あーっ! ……なんていうか、その……堺さん……!」
言って顔をあげた。世良は真っ赤だ。その表情に一瞬胸を突かれる。
思わず見つめ合い、黙ったまままた数秒。
先に折れたのは、世良だった。ちらりと目だけを持ちあげてこちらを見つめる。
「堺さん……それって、俺にマジ惚れってことじゃないっスか……」
「お、おう……」
何を今さら、と思い。それから世良に言われて改めて妙にその事実を意識して凝固してしまう。
世良はそれを見て「ああ、マジだ……ホントに……」とため息をついて両手で顔を覆った。
(……マジだとかって、それでなんでそんなこの世の終わりみたいな顔すんだよ、って、それが当たり前か)
キモいとか変態とか、そういう罵倒の言葉を浴びせられる展開も少しは予想していたから大丈夫だ、と堺は息を詰める。
世良はひとしきり唸ると、指の隙間からこちらを見ておそるおそるといった様子で尋ねてきた。
「……訊いていいっスか? 堺さんって、ゲイなんですか?」
「んあ?」
「いや、その……今までそんな風に見えなかったんで。ちょっと意外で……元カノの話とか聞いたこともあったし」
「なんだ? 勝手に人の話してんじゃねえよ、お前ら」
思わぬ追及に、世良がテーブル向こうでぎょっとしたように、慌てて何度も首を横に振る。
「いえいえいえいえ……堺さんのカノジョなら絶対綺麗だよな、無理系だよなって話をしてたらですね、その……親切な某Kさんていう方がいろいろと……」
「……黒田か。あいつ、後でシメる」
「俺が言ったって言わないでくださいよう。クロさんマジコエェんスから!」
世良は自爆に気付いて、じたばたともがき暴れる。
堺はなんとなく不思議な気持ちで世良と話をしている。
(普通だ……普通の会話だ)
さすがに同性から面と向かって告白されたのだから、自分と世良との間には決定的な亀裂が入ると思っていた。それも覚悟の上で告白したのに案外だ。
(まあ、最初からそんなぶっ壊れるような関係が俺とこいつの間にあったかといえば、ないな……なかった、そんなもん)
すうすうとして切ない。そういう感覚は久しぶりで、堺は戸惑う。
その当惑がバレたらしい。
世良は一瞬見せた笑顔を引っ込めると、真面目な顔をした。
「俺は。ゲイじゃないです」
「……わかってる。俺もだよ。俺もそうだった……の方が正しいのかもしれないがな。こうしてお前に告ったってことは」
「……堺さん、カノジョいましたよね?」
「いたよ。普通に。二年くらい前に別れてからは決まった相手はいなかったけどな」
世良はその答に苦笑する。あの様子ではカノジョ持ちの時のこともフリーになってからの話も、あることないこと黒田あたりから聞いているらしい。残念ながらほとんどが真実であろうことは間違いない。
堺はそれほど品行方正な人間ではなかった。
だからこそ、突然泡のように浮かんだこの気持ちにぐらぐら揺り動かされているのだ。どうしていいかわからないと、十代の子どものように怯えている。
(やっぱり絶対、黒田はシメる)と、堺は改めて心に誓った。
「俺、ゲイじゃないので……ああ、堺さんもそっか。とにかく、男をつきあう相手とかって考えたこともないっス……」
「……ああ」
最初からわかっていた答だ。世良が思っていた以上に誠実に断ってくれることに感謝しなくてはいけない、と思おうと思った。
「……そんで、もちろん堺さんとつきあうとかって考えたこともなくて、その、スンマセン」
世良は勢いよく頭を下げる。
頭をあげろとかお前が謝る必要はないとか、そんなことを言わなくてはいけないと思う心があるのに、唇は開くことができなかった。
(ああ……思ってたよりショックなのか、俺は)
テーブルの下で手が震えている。気付かなければよかったと堺は思った。
逃げ隠れできないようにとわざわざ世良を拉致ってきたのに、今は後悔している。ここから今すぐ逃げ出したいが、車を運転してきたのは堺で、堺が逃げ帰ったらここから世良が浅草まで帰るのには少々痛い出費を覚悟しなくてはならない。
男に告られた上にこんなところに置き去りにされるなんて、いくらなんでも世良が気の毒すぎる。
堺は震えている手を拳に握りこんだ。白くなる皮膚を睨む。
予想以上に堪えるな、と思った。
「いや、別につきあうとかそういうのが一番重要だってわけ、でも……」
「あの……じゃあ、なんなんスか?」
「……え?」
意外なことを言われて顔をあげる。世良がこちらを怒ったような目で睨んでいた。
「……エッチしたいってわけじゃなく、つきあいたいってわけでもないなら、堺さんは俺のことをどう思ってて、そんで、告ったんスか?」
「……え?」
驚きのあまり、言葉もない。
目の前で世良が頭を掻いた。顔は紅い。見ようによっては照れているようにともとれなくない。
(照れてる? そんなわけねぇだろ)
混乱した頭では上手く考えがまとまらない。これも、随分久しぶりの感覚だ。
たった一人の誰かを前にしてこんなに動揺することなど、普段の自分にはありえない。
世良は少し恨みがましそうな目でこちらを見ている。
「な、なんだよ?」
「だから、堺さんは俺とどうなりたくて、告ってきたんスか? 俺は、今まで告ったこと何回かあるんスけど、正直好きなコとは手をつないだりとかキスしたりとか……まあ、エッチしたいとか思ってました。そういう知恵つく前のガキの頃はただ一緒にずっといたいとか、そのコの『つきあってる相手』になりたいとか、そういうことも思ってました。けど、堺さんはどれも違う、一番重要なことじゃないって言うし。なら、よりによって俺なんかに告った理由が俺にはわかんないんス……」
「ひ……つようなことか? その理由って」
尋ねると、世良は真顔で頷く。
「告るのって勇気いるっスよねぇ? 相手が俺なら……多分女の子にそうする時の百倍とかそれよりもっと、すげぇがんばらないとダメだろうなって、それくらいは俺にもわかりますよ。だから、それっくらいのエネルギー使ってでも俺に告りたかった堺さんは、俺とホントはどうなろうとして関係変えにかかったのか、それが知りたいんス……それ知った上で」
世良は息を飲んで、それからはっきりと言った。
「それを知った上で、堺さんの告りにちゃんと返事したい」
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