【preview】彼の理由

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「俺が一番尊敬しているのは、堺さんです」

 途端に、その場にいたETUアタッカー陣がどっと笑う。
「やっぱそう言うと思いました! 世良さん!」
 楽しそうな宮野の声にかぶさるように、堺がため息をついて頭を抱える。眉をよせて弱り切った顔だ。
(大丈夫。本気で引いてるわけじゃ、ない……)
 世良は横目でその様子を確認して、安堵の息を吐く。
(……むしろ、照れてる? で、いいよな?)
 座談会の間中、クールな様子を保っていた堺の今日はじめてのくだけた様子に、胸の奥のところがきしむ感覚がある。
 世良はそのわずかな痛みを無視して、こっそりと堺の様子を観察する。
(だって……ホントのことっスから……そういう風に嫌がられても、変えられないっスよ)
 世良の目に映る堺は、顔をあげると少し染まった頬で文句を言ってきた。
「お前、俺はそういうのマジで苦手だからやめろっつってんだろ!」
 もう同じ文句を何度も言われているから世良も慣れっこだ。それでも引き下がらずに幾度も、自分がどれほど堺をリスペクトしているかについては訴え続けてきた。
 おかげで、チーム内のみならず外でもかなりの認知度を得ている。あとは、本人から認めてもらえたらそれでパーフェクトだ。
 夏木が笑いながら茶々を入れてくる。
「世良ぁ、俺なら構わない。だから一度でいいから俺の名前言ってくれよぉ!」
「ブレないっスよねえ、世良さんて」
「え、その回答ってありなんスか? それ、世良さんずるくないっスか? 絶対、反則っスよ」
「だって! ホントのことだから!」
「だから……マジで苦手だからやめろって言ってんだよ。世良、人の話を聞け!」
 ETUに入団してから、シーズンイン直前に行われるこのFW座談会にはずっと参加させてもらっている。
 これで何度目になるだろうか。世良のプロとしてのキャリアの年数分だけ回数が重なっていくのは、チームに自分が必要とされている証なのだと思う。ようやくそう思えるくらいには、前のシーズンの自分は輝けたんじゃないかと世良は思っていた。
 座談会の面子は毎年微妙に変わっていく。一度として前年と全く同じメンバーでこの集まりを迎えたことはない。
 入団して、トップチームに呼ばれてから三回目、最初一番年齢下のルーキーだった世良にいつの間にか後輩が二人もできていた。去年上田はいなかったし宮野は二度目の参加だ。
 上の二人にしても堺の四度目というのが最も多い。夏木はETUに移籍三年目の選手である。
 ETUが一部に昇格した瞬間を体感しているのは、この中では堺と世良だけだ。
「俺は堺さんのこと、マジで尊敬してるんです。だから、名前あげてんスよ。なんかおかしいっスか?」
 大騒ぎしている連中に真剣に抗議すると、有里は「おかしくなんかないわよ」と一人だけ味方してくれる。
「同じチームに手本と思っている選手がいるっていうのは悪いことでもなんでもないんじゃない?」
「そっスよねえ!」
 世良は援軍の加勢に勇気を得て、ほかの連中に「な? ホントにリスペクトしてんだから仕方ないんだっての!」と重ねて抗議する。
 堺はますます苦虫を噛み潰したような表情でそっぽを向いた。横顔の頬が少し紅い。それで世良はやっぱり照れているのかとなんだかふっくらとした気分になった。
 と、三年連続で尊敬してもらえなかった夏木が一際大きな声をあげる。
「だからー! 堺さんは遠慮してんだし、それならたまには俺の名前も出したって罰当たんねえって言ってんだよ!」
「えー。ナツさんはちょっと……違います。遠慮しときます。俺、なんかこー頭いいプレイできる人になりたいし」
 世良の返答に横顔の堺が遠慮なく吹き出し、宮野と上田は笑いを押し殺すのに必死な様子で口元を押さえている。夏木は「どういう意味だよ、それ! 俺、こう見えても小さい頃は近所で天才少年と呼ばれてたんだぞ?」と世良に食ってかかってくる。
「お前は誤解してる。本来の俺はクールアンドクレバーなアタッカーなんだぜ? めちゃめちゃトリッキーなプレイも得意だが……あー確かに去年間近で見れるチャンスに恵まれてなかったな、世良は」
「夏木、それは初耳だ。じゃあ一昨年のでいいから、そのクールアンドクレバーでトリッキーなゴール決めた時のエピソード話せ。俺多分、見逃してるからそれ」
「え、堺さぁん……それはひどくないっスか?」
 堺にツッコミを入れられると、途端に夏木は困り果てた様子で頭の上がらない先輩選手に向かってしなを作った。小さい頃から体育会系の水で育った人間ならではの反応だ。上からのツッコミには抵抗する術をもたない。
 世良は苦笑すると、肩をすくめているインタビュアー有里に向かって真顔で言った。
「俺と堺さんって、何気に同期入団なんスよね。俺がプロになってETUに入団した時に……っていっても俺はシーズン最初はトップチームじゃなかったっスけど……堺さんも他から移籍してきたから。で、あの時一緒に入団した連中も同じタイミングで移籍してきた選手も含めて攻撃陣の一番は堺さんで、それでここに呼ばれた最初の時に『尊敬する人は堺さん』って言ったんスけど……」
 言いながら、世良はちらりとまた堺をみる。
 今日の堺はざっくりとしたV字ネックのニットにデニムを併せていた。淡いベージュの色合いが綺麗でいかにも『好青年』といった雰囲気を醸し出している。
 今回の座談会は「写真と動画の撮影があるからそのつもりで私服着てきてね」と事前に有里から通知されている。この座談会の模様は、ETU公式サイトで写真と動画を公開する予定になっているそうだ。
 堺は慣れたもので、どこに出しても恥ずかしくない爽やかアスリートの見本のような装いだ。
 だが。
(あ、鎖骨……)
 さっきから大きく開いた堺の胸元に何度も目をやっている自分がいる。
 堺がしゃべる度に喉仏が動くだとか、みじろぎすると見える肌の分量が変動するとか、世良は座談会の最中、ずっとそんなところばかりを気にしていた。
 どうしても無意識に視線をやってしまって、そうしてなぜだか目に入る度に胸の奥が少しきしんだ。
 喉仏の少し下のあたり、二つの骨のふくらみが作る陰影はなんとなくエロティックに見えて、堺がチョイスしたむしろ無難すぎるほど無難な清潔感溢れる装いに、不似合いななまめかしさを与えている。
(鎖骨……見たし……)
 なんだかラッキーだと、世良は思った。それをどうしてラッキーだなんて感覚でくくってしまうのかは不明だ。
(つか、エッロいよなあ、この人……)
 男なのに、と思うと複雑な気分になる。
 どうもここ数ヶ月、世良は自分の様子がおかしなことになっていると自覚している。
 堺の鎖骨がどうだというのか。
 普段ロッカールームで上半身裸の姿なら山ほど見ている。なんなら大浴場で堺の全裸だって見たことがあるのに、こういう瞬間に見えた肌の色が深く鮮烈に印象に残ってしまう。
 目の奥に焼きついて、動揺を覚える。
(堺さんって結構、乳首の色、浅かったっけ……俺のが黒いよな、絶対)
 ふと記憶の底にあるイメージを思い出して動揺する。
(この人絶対ぇ、絶対ぇ、絶対ぇモテるだろうけど! けど……実は案外遊んでないとかそういうこと……とか?)
 身体の奥がざわめく。
 サッカー選手らしく日焼けした堺の肌は、知る限りどこまでも筋肉質で、滑らかには見えても柔らかさとは無縁に思える。
 一瞬。ほんの一瞬だが世良の中に「あれに触ったらどんな感じがするんだろう?」という考えがよぎった。

(……今、俺、なんて考えた?)

 ひやりとする。
 それはつきつめて考えてはいけないことだと、本能が警告を発した。
 忘れてしまえ、と具体的な形を作る前に無理やり削除してしまう。それで、当面は安心だ。どれくらいもつかはわからないが。
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