【preview】EXQUISITE BALANCE

TOP
「お前さあ、今季試合結構出てっけど……ああ、そのケガじゃこの後何試合かは出れねえけどさ、ゴールまだ一コだろ? どう思ってんだよ、そこらへん」
 内容的に世良にストレートにぶつけるのには当たり障りはあるが、今の恋愛話よりはずっとましなやつだ。これは前々から訊いてみたいことでもあったからちょうどいい、と堺は思う。こちらの精神的負担とこれで相殺だ。
「……キツいっスよ、その質問」
 世良はあからさまにイヤそうな顔をする。
「うるせえよ。答えろ」
「……全然自分に納得してないし、情けないっス、FWなのに」
「俺は試合にもあんまり出れてねえんだからもっと、納得してねえよ」
 もちろん、誰が得点しても一点は一点だ。
 チームが勝つことが一番大事で、でもだからといって自分のゴールはやっぱりどうしたって欲しい。ほかのどのポジションよりもそこをどん欲に求め続けなくてはいけないのがFWだ。
 弱小チームは常に『得点力不足』が指摘される。それはすなわち、攻撃陣のふがいなさを意味している。
 世良も堺も『弱小チーム』の『攻撃陣』だった。チームの中でもっとも得点に結びつく存在にならなくてはいけないはずだ。
 二人して黙って天井を見上げる。
 思うところは同じだと、そこだけは言葉にしないでもわかる。
 一点が欲しい。ゴールが欲しい。その欲求は喉の乾きにも似ている。もっとも原始的で本能的な欲求だ。
 堺は言うともなしにつぶやいた。
「さっき達海さんに、俺は精神的に不安定で足下がぐらついてると言われた。だから今までのところ、イマイチなんだそうだ」
「言ってもらえるだけいっスよ。俺、確かにここまで使ってもらってるけど、これまでの俺の結果、監督は満足してるわけないんです。つか、ありえないくらい、得点してねえし、俺」
「技術指導は腐るほどされてるじゃねえか」
「自分がいろいろ下手くそだってことはわかってるっスよ。そうじゃなくて、なんかこう俺、はじけきれてないっていうか。赤崎はテクニックあるし、椿はなんか時々すげえじゃないスか。キヨさんも監督から信頼されてっぽいし。でも俺はなんもないんで……やっぱ、焦ってる部分あるし」
 なんとか状況を打開したくても達海は世良に「んー。お前はそのまんまでいいや」と言うばかりだそうだ。
「ゴールさえできたらもやもやしてんのなくなんのに」
「そりゃ、俺だってそうだよ。当たり前だろそんなの。こっちはなかなか試合に出してももらえてねえんだぞ? あげくの果てにあの監督、今つきあってるコがいないって言ったら人を憐れむような目で見やがった」
 はっとして横にいる世良を見る。少し決まり悪そうにしている瞳とかちあった。
「だ……からって、お前とつきあえないからな?」
「……いや、普通そうなんで。気にしないでください。それに俺元々、堺さんがちょっと前にカノジョと別れたの知ってたし」
「……丹波か?」
 世良は苦笑して、頭をかく。
「丹さんがセッティングした合コンで知り合ったんスよね? 人のおぜん立てをノーゲームにしやがったって言ってんの聞かされたっス。えーと……チームが連敗してた頃」
 あの野郎、と堺は苦い唾を呑む。ということは、ほとんどリアルタイムで世良に知られていたということじゃないか、と抗議したくなった。
 達海は知らなかったようだが、この調子ではチーム内で何人が堺のカノジョ事情を知っているかわかったものではない。
 憮然として黙りこむと、世良が「すみません」と小さく謝った。
「別に世良が悪いわけじゃない」
 ぶすっとして言うと世良はまた苦笑する。
「堺さんはやっぱ、優しいっスね」
「お前、Mだろ? どんな控え目に言っても俺のカテゴリはそこじゃねえよ」
 呆れてそう言うと「けど、俺、今こうして堺さんとなんかふつーの話してるじゃないスか」と世良は言った。
 堺はソファの背もたれに深く身体を預ける。
「あいにく、世良はチームメイトで足にケガしてるってハンディがあって、俺のケツ狙っていきなり襲ってこないだろ? どれかひとつでも条件欠けてたらこんな厚待遇になんかしねえよ」
「堺さん、頼みますから早めにカノジョ作ってくださいよ。そんで、ラブラブなとこ俺に見せつけてもらえますかね? ああ、でもやっぱそれ見るのやだな。けど、そうじゃないとダメっぽいしなあ」
 世良は大げさにため息をつくと、堺に倣ってソファに身を沈める。
「お前、カノジョ途切れたこととかってあんの?」
「俺、フラれると結構引きずるタイプなんで。割と間隔長い方っスね」
 今回はじめて女の子をフリました、とため息をつく。堺は苦笑する。
「世良はあれだな。カノジョが試合観にくるとテンションあがるタイプだろ」
「モロにあがりますね。なんでっスか? それ、ふつーでしょ?」
 きょとんとして世良が首を傾げる。
(なんだよ、意外性ねえなぁ)
 だが、なんだかそれを聞くと安心する。世良がそのタイプでなければがっかりな気がした。より情緒と直結していなくては肩透かしを食った気分になる。
 なぜか、にやにやしてしまった。
「俺は全然そういうの関係ないんだよ。世良みたいなタイプに達海さんがプライベートに踏み込むような、あんなこと言うのはわかるけど、俺に言うか? ふつう? って思ってさ」
「結構監督の言ったこと気にしてるんスね。てことは、また丹さんあたりに合コン設定してもらうつもりでしょ? すぐ彼女ゲットできるじゃないスか。あー、クソ……」
 じたばたと人の家のソファでもがく世良に「そんな元気ねえよ、今」と堺はげんなりと言った。
「つきあうまでに、さすがに二度くらいはいい感じの店での食事セッティングしてご機嫌とって、相手見極めて……って。そのプロセスこなすのかと思うと面倒でな。つきあいだしても、誕生日だの記念日だのイベントだのって……どうした?」
「いえ、それはさすがにひでぇ……っス」
 世良はあっけにとられ、次にはじけたように笑いだした。隣で憮然としていると、目じりの涙を指でぬぐいながら「堺さん、それって本気で言ってんスか? そうっスよねぇ……」ともう一度爆笑スイッチが入る。
「何か、ヘンか?」
「堺さん、俺が言うのもヘンだとは思うんスけど。もっとカノジョ大事に、優しくしてあげてください。マジで。じゃないと、俺いつまでも次の恋愛にスイッチできないっスよ」
「最初からそんなにがんばる気力をそっちに削げないんだよ、今。そんだけだ。ばかにすんな」
 堺は釘を刺すと、ふと口にする。
「世良はよく、この時期に別れたり告ったりしてられんな」
「それとこれとは全然別の話なんで。ヤりたいだけならこんなしんどいマネしませんよ。でも俺、好きになったら言わないではいられない系で。しんどいのはわかっててもやっぱ言っちゃうのは俺が頭悪いからなんスけど」
「……お前ってさあ、俺にツッコミたいの? それともヤラれたいの?」
 ストレートに尋ねる。
 堺にとってもそうだが、世良も今がプロリーガーとしてこれから先も生きていけるかどうかのターニングポイントには違いない。その時期にサッカー以外のことに心を砕く余裕はない。
 先ほどの達海との会話を思い出す。
(俺は足元がふらふらしてて、お前はそのまんまでいいって、言われんだよな……)
 スタメンに選ばれる世良とそうではない自分。互いの長所はそれぞれ異なるが、総合的な部分ではっきりと堺が世良に劣っているわけではない。
 それは達海も言っていたことだ。
 ならば何が違うのだろうか。
 春からずっと抱き続けてきた謎だ。
 ほんの少しだけ、すぐ目の前にその謎の解決の糸口が見えているような気がした。
 世良は堺の言葉に一瞬つまり、真っ赤になった。それから目を逸らし、うつむく。何度も息を飲み、そうしてようやく蚊の鳴くような声で言った。
「……抱きたい、っス」
(知りたい……)
 自分と世良がどう違うのか。
 それがたまらなく知りたかった。
 渇望しているのはたったひとつ、チームを勝利に導く自分のゴールだ。
 今現在、自分より確実にそこに近い場所にいるのが世良なら、足りないピースの答えは目の前の男の中にあるのではないか。
 もしもそうなら、それが欲しい、と思った。
「世良、ちょっとお前。俺にキスしてみろ」
「……へ?」
 真っ赤になっていた顔は、一瞬にして凍り付く。
「何言ってんスか? 大丈夫っスか? 俺のこと、からかってます?」
「いや……まあ、ちょっと思いつきだ。イヤか? なら忘れろ」
「イヤ……な、わけないっスよ」
 世良は目を細める。
 なぜだか、とても悲しそうな顔に思えてどきりとした。冷たい罪悪感が胸の中にぱあっと広がる。はっとして押し戻そうとした時には、世良の乾いた唇が触れていた。
 羽になでられたほどのキスは、すぐに離れかけ、それからぐい、と押しつけられる。
「……っ!」
 覆い被さるようにして身体の重みをかけてきた世良の舌が咥内に侵入する。
(あ……こいつ……舌入れろとは言ってない……)
 暴れ回る熱いものが、上顎、歯列、頬の内側をくまなく探り堺の唾液を吸うとくらっとくる酩酊感が頭の中を埋め尽くす。ソファがきしむ。
 身を乗り出して堺のキスをむさぼる世良の下腹部が膝にあたる。はっきりと熱を持ち、形を成しているのがわかった。
 意識した途端、大きな波のような感情に圧倒される。
「……っ」
 咥内を動き回る世良の舌に自らのそれを絡める。キスがもっと深くなった。
「ん……っ、……っ」
 じわん、と明瞭なかたちを成した快楽が堺の内側を満たす。それは、いっぱいになったと思っても、後から後から無尽蔵に湧きあがってきた。
 やがて、名残惜しそうに世良の唇が離れていく。
「……」「……」
 離れて近くで見つめあい、軽くもう一度唇に触れられる。少し唇が腫れているな、とその時はじめて気がついた。
「……すんません。ちょっと、キちゃったんで、その……」
 世良は自分でも深すぎたと思ったのだろう、今のキスをわびると、今の行為の興奮の余韻で紅く染まったままの頬をふいと横に向ける。
「二度とない機会だろうなって思ったら、つい夢中になっちゃって……」
「……来いよ」
 堺は立ち上がると世良の手を引いた。潤んだような目とぶつかった。
「言っておくが、世良とはつきあえない。そこは変わってねえからな?」
「……っス」
 世良は何を言われているのか理解できずにきょとんとした顔をしていた。
「お前、昨日俺に告るために彼女と別れたんだろ? 俺も今は特にいない」
「はあ……」
「なら、いいな? 俺に会う前にシャワー浴びてきたんだろ? 俺もクラブハウスで浴びてきた。足、気をつけて立て。肩貸すから。こっちだ」
「はあ……?」
 ケガに慣れているアスリートは上手な体重の預け方を知っているな、と妙なところに感心した。完全に身を預けてきているのに、そんなに重みを感じない。
 堺はリビングの隣の部屋に世良を連れていく。そこがどこかわかった瞬間、世良がびくりと震えるのがわかった。
「堺、さん……」
 寝室には眠る時の快適さを追求した結果のダブルベッドが置いてある。
「堺さん?」
 ベッドに座らせると、堺は部屋の灯りを点けた。間接照明の淡い光が室内を柔らかなオレンジに染める。
「ヤラせてやるよ。よく考えたら俺もしばらくしてなかったし」
「堺さん!」
 着ていたパーカーを手早く脱いで、側にある椅子に投げる。悲鳴のような世良の声が聞こえた。
「……なんだよ? お前やっぱり口だけで俺の裸見たら萎えるとかっていうのか? ならやめとくか。まあ、それならそれで構わない」
「じゃなくって! 堺さん、何はやまってるんスか!」
 男らしくTシャツを脱ぎ捨てると、真っ赤な顔をしている世良に堺は言った。
「強いて言うなら、俺もお前も今特定の相手はいない。よく考えたら結構長いことしてなかった。で、俺は世良の身体に興奮して勃つなんてことはない。けど、世良は俺で抜けたんだろ? 俺をヤリたいってさっき言ってたしな。それならヤラせてやってもいいかもしれないと思った」
「だからって……こんな、乱暴な……堺さんもっと自分を大事にしてください」
 堺は苦笑する。
「お前、俺は三十歳過ぎてんだぞ? 今更こっち方面で大事にするようなもんは残ってねえよ。まあ、男とすんのは初めてだけどな。監督の案にのってみる気になった。けど俺は今、彼女作るための努力に割く時間が惜しい。だから世良を利用するんだよ」
「利用……って……」
 やっぱり少し悲しげな顔をする。冷たい罪悪感がまた胸に少し湧きあがった。堺はだが、あえてそれを無視する。
「……どう考えてもお前とはつきあえねえよ。けど、俺のプライベートがからからだって部分カバーするのに利用するために寝てみてもいいとは思った。まあ、試してみなきゃわからないから次があるかどうかは約束できない」
「監督に、言われたからっスか?」
 悲しそうな顔で世良が言う。
「俺は堺さんとヤリたいって理由で告ったわけじゃないっス」
「俺はお前とはつきあえない。でも寝ることはできるかもしれないと思った。世良に俺は何もやれない。けど、互いの足らない部分をカバーしあえるかもしれない……ダメか?」
 世良は「なんか、ひでぇ」と苦笑する。
「あと、強いて言うならさっきのキスだな。結構……よかった」
「ホント、ひでぇ。けど……今の、すげぇキました」
 言って世良は堺の方に手を伸ばす。まっすぐ差し伸べられた手を、堺はためらわずにとる。
TOP

-Powered by HTML DWARF-